お金が無い
この業界でお金の話をするのはややタブー的な感じもしないでもないのですが、最近また思うところがあるので書きたいと思います。はい、若干ネガティブ系記事です。
年度替わりと言うこともあり、いろんな団体やらの会費、賛助会費、購読費(この辺は年度替わりじゃない人もいるかもしれませんね)など、何かと「出費」が多くなります。ウメも今年度も2万円ほどお支払いいたしました。
さらにあの本・DVD買え、後援会に入れ、ニュースを読め、グッズを買え、カンパを頼む…一つ一つの金額は大きくないかも知れませんが、全部に「はいはい」といっていると結構なお金が飛んでいきます。今ウメが関わっている大会もお金を集めなければいけないようで、いろいろ工夫をしているみたいですが…。どこもお金がないんですよね。
ここで言いたいのはね、お金が惜しいということなんです。あ、そのまま言っちゃった。そりゃーね、お金が有り余っていて善意の心にあふれていたら気持ちよくハイハイとお金を出しているかもしれません。かといってカツカツになるほどお金が無いわけでもありません、おかげさまで。
問題は「お金が無いから」「助けて欲しいから」、お金を払って当然でしょ?読んでないのおかしいでしょ?入会していないのおかしいでしょ?というその考え方。手話の業界にいるとよーく見かけます。それって要するに半強制ですよね。
こちらもね、汗水垂らして働いて稼いだお金ですから、そんな態度で言われたものには払いません。本当に必要としているところ、サポートしたいところ、必要な団体の会費、価値のあるモノにはもちろん払いますが、ただ「協力して」というのでは、納得がいかないのです。
それでも、波風立てないためにお支払いをするときもあります。が、内心では、「これだからこの業界はダメなんだ」と思うのです。しかもそういう要求(あえてこう書きます)もう活動している内部の人に向けてされることがほとんどです。
本当に収益を上げたいなら、そして理解を広めたいなら、内部だけでどうこうするのではなく、広く一般に周知して、”理解してもらって”お金を払ってもらうことが大事です。業界人からいくらお金を集めたって限界があるんです。そこの目的をはき違えていないか…と思うんですよね。
モノを作る時も、「作ること」が目的になってしまい、それが一般社会にとって、そして業界にとって「価値のあるモノ」になっているか。もちろん、モノとして残すのは大事ですし、サポートしてくれる仲間を集めるのは大事ですが、身内だけじゃなく、手話のこと・聴覚障害のことを知らない人に説明して、納得してもらう。
何にも知らない人に一から説明するのは面倒かも知れませんが、これをしないことには活動の広がりが生まれないと思います。だからこそ、内ばかりではなく外を見るべし!と思うんですよね。いろんな会や冊子やDVDや本を作るのも良いですが、本当にそれは外に向いていますか?「活動しているなら当たり前」と押しつけていませんか?
この風潮、長く続いているものなので、すぐには変わらないとは思いますが、ちょっとでも変わっていけば…いや、変わっていかないといけないなぁと思います。とりあえずウメは何にでも「はいはい」とは言いませんのでご了承ください。
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