カテゴリー「手話」の記事

2008年7月21日 (月)

最短で覚える

手話をはじめてなんだかんだで10年が経ってしまいました。長いおつきあいをさせていただいております。

ウメは国リハで2年みっちり学んだりする期間があったのですが、手話学習者の皆さんはろう者とスムーズに会話するまでにどれくらいの期間がかかったでしょうか。
もちろん、期間が短ければ良いというものではなく、それぞれにあった無理のないペースで学んでいけば良いとは思います。
そこをあえて、手話にどっぷりつかって最短で日常会話ができるくらいになるにはどれくらいかかるのかなぁと思ったのです。

一概にどう、とは言えないとは思いますが、数カ月でできたりするものなのかなぁーなんて。
さらに(言い方に語弊があるかもしれませんが)ろう者っぽく話せるようになるにはどのくらい…なんて考えてしまいました。

期間ではなく、学習方法や態度、センスの問題も関わってくるとは思いますが、一筋縄ではいきませんよねぇ。

そう考えると、ウメが10年かけて積み重ねてきたものは意外と貴重な財産だったりするのかな、と自分を誉めてみたくなりますし、逆に「手話のできるただのメガネ男子」にはなりたくないんですよね。ウメならではの(手話と関わる意味での)個性・特徴を確立させたいものです。

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2008年6月 8日 (日)

しめやかに

ニュースかワイドショーを見ていて気になった用語。

「告別式は昨日、親族など関係者が集まって”しめやかに”行われました。」

しめやかに・・・。うん、なんとなく意味は分かりますが、これを手話でやるにはどうするんだ・・・まぁ単語だけを取り出してもしょうがないので意味を考えるとしても、しめやか感を手話で表現するにはどうするか・・・。

まずは日本語の意味を調べてみましょう。Yahoo!辞書より。
しめ‐やか(形容動詞)
1 ひっそりと静かなさま。心静かに落ち着いているさま。「―に語り合う」
2 気分が沈んでもの悲しげなさま。しんみりとしたさま。「通夜が―に行われる」
3 女性の容姿・態度がしとやかなさま。

お葬式の場合は2番ですよね。これは単語ではなく非手指動作で表せばよいでしょうか。あえて単語で出すなら両手を同時に2回すぼませる動作(うまく伝えられない・・・)でやりますかねぇ。

ウメはまだお葬式の手話通訳をしたことがありませんが、なかなかいろいろ大変そうです。ただでさえ哀しいことですし、落ち着きや悲しみを表現しつつ、通訳者としてきちっと情報提供しないといけませんしね。どうしたらいいかなぁ・・・。ちょっと考えてみます。

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2008年6月 3日 (火)

本屋で手話の本を

大きな書店に行くと、手話に関する本がたくさん並んでいます。大きいところだと棚数段分にもわたって、いろんな団体・会社から発行されている手話の本が陳列されていますよね。もちろん、ウメの職場に関係しているところからのもありますし、全く関係ないところから発行されている本もあります。

何らかのきっかけで手話を勉強しようと思ったとき、本屋さんに行って関連の本を調べる、というのは思えば普通の行動パターンで、それに対応するために手話の本が並んでいるわけですよね。手話を本で学ぶ、というところに限界はあるとは思いますが、その流れがあることは仕方がないというか、ある意味で社会の流れというか、手っ取り早い方法なのかなぁと思ったりしています。

もちろん、手話サークルに通ったり、知り合いのろう者から教わったりできれば良いのですが、なかなかそうはいかない人もいますし、取りあえずの情報、という意味でも手話に関する本は(良い意味でも悪い意味でも)欠かせないのかな、と思います。

つい先日、書店で時間があったので手話の本を立ち読みしてみました。いろんな会社のもので、派手な色を使っていたり、写真が大きく載っていたり、DVDが付いていたり、(業界の)有名人を起用してみたり・・・と各社読んでもらう=買ってもらうために、いろんな工夫をしています。

手話のことを勉強しようと思って、何も知らない人が何気なく手に取る本は、その中の1つか2つ。その情報がどこまで正しいのか、いや、正しいか間違いかではなく、意味があるのか、その人にとって、手話を学ぶ人全体にとって、ろう者にとってどのくらい役に立つのか、ふと考えさせられました。

本がきっかけになることは悪いことではないと思います。時には本だけで学習を終えてしまうことがあるかもしれません。ただ、だからこそ、「売るため」の本だけではなく、学習者が後で生かせる本が増えて欲しいし、次に繋げられるようにしてほしいなぁと思うのです。

あぁ、また何が言いたいのかわからなくなってきました。またまとまったら書きたいと思います。

いやぁーそれにしても手話の本って儲かっているんでしょうかねぇ・・・。

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2008年5月 8日 (木)

手に頼りすぎない

手話と言えばその名前の通り手で話す言葉なのですが、ウメが最近思うことは「手話だからと言って手の力に頼りすぎないこと」。

もちろん、手は動かすのですが、必要以上に手の形や動きばかりにとらわれないのが大事、というか、肩が凝らない秘訣なのかなぁと思います。もちろん、判別できる必要最低限の区別は必要ですが、そればかりにこだわりすぎて表情や非手指動作が目に入らないようでは困りますし、自分が表現するときも手に力を入れすぎるとたいてい通じません。

手話を学び始めた学習者は、手話は手の動きだけではないと教わっているものの、手の動きや形にとらわれすぎて手話のリズムやテンポなど、ろう者が自然にできる大事なところが表現できないような気がするんです。そこから抜け出すことができれば、またはもともとできる人であれば、手話の習得はスムーズに行くんじゃないかなぁ・・・と思います。

ウメがたまにやるのですが、両手に荷物を持っているときにろう者に一言何かを伝えたいとき、口話(口形)だけであえて伝えることがあります。それが相手にどう思われているのかわかりませんが、ウメ的には違和感なく通じているなぁと思ってしまっています。なんだろう、うまく伝えられないのですが、口話の押しつけではなく、手に限らないろう者とのコミュニケーション方法の1つと言うか・・・。

ウメはそうやって心がけている・・・ずっと頭に入れているわけではないのですが、往々にして手話の手の形や動きがヘンだと言われますので、もっと手に神経がいかないといけないのかもしれません。そうしないと美しい手話通訳はできないのかもしれませんねぇ。でも美しくなくてもろう者が読み取りやすい手話表現、聞き取りやすい日本語が話せればそれで・・・それも含めて「美しい」って言うんでしょうね。

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2008年4月30日 (水)

/オーバー/

日本語にはしにくいけどろう者がよく使う(でも関西ではあんまり見ない)手話シリーズ!(また勝手に作ってしまいました)

(利き手をチョップみたいに振り下ろす動作の)/オーバー/

ろう者の会話の中ではよく見かけます。そのまま日本語にして「それはオーバーだね」という意味だけではなく、驚きや感嘆、まさか、ありえるのそれ、などいろんな意味が含まれているようです。もちろん会話の中での使われ方によっても違うと思いますが。

こういう手話が出てきたときは、文脈に合わせて訳すしかないわけなのですが、意味を考えて単語に置き換えようとすればするほどドツボにハマるタイプの単語ですよね。だから単語の変換にこだわってはいけないんだなぁ、と思うわけです。

聞き取り通訳の場面ではともかく、ろう者との自然な会話でこういう手話が違和感なく出せるようになれば、通訳の幅も広がるし、会話の質もあがるんだろうなぁと思いつつ、ろう者の会話で出てこないか眺めてたりするのです。

でも関西ではあんまり見ませんね。

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2008年4月27日 (日)

日本の手話はいくつ?

「日本に手話はいくつありますか?」

 

と聞かれたらみなさんはどう答えるでしょうか?「日本手話」と「日本語対応手話」という2つという区切り方をされているところもあります。その考え方については今のところ否定もできませんし肯定もできません。

というのも、手話そのものがまだ未確定というか(悪い意味ではなく)不安定な要素が多いと思うのです。あえて「いくつ?」と聞かれて答えるのなら「(通訳者は学習者をのぞいて)手話を日常言語として使う人の数だけある」と答えるような気がします。それでは意味がないのですが、手話に関われば関わるほどそう思うのです。

ウメは一手話関係者でしかないので、偉そうなことは言えませんし、当事者が違和感を感じるようなことを言うつもりはないのですが、これがウメの実感なのです。なので、できるだけ多くのバリエーションに対応できる通訳者になるべく、研鑽を重ねるしかないのかなぁ、と思っています。ウメが手話の区別や言語的な部分に口を出す立場ではないのかな・・・と。

自分が関わっている一人一人のろう者・難聴者の手話を尊重し、その人がストレスのないように会話ができ、通訳であればその人の意思表示をきっちり伝え、適度な情報提供をする・・・つまりそういうことなのですが、言うのは簡単、やるのはそんなに単純では無いんですよね。でも業界に関わった以上、やりたいと思っていますし、やらなければいけないという使命感は持っているつもりでおります。

 

こんなウメですが、どうぞよろしくお願いします(最後にはなぜかこうなる)。

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2008年4月22日 (火)

ブログのテーマ

このブログはろう者や手話関係者の方々に見ていただいているのが多いかと思います。ウメの仕事も、また所属している団体なども手話・通訳関係が多いので、ウメの生活にとって無くてはならないものになっております。

そんなブログも特にテーマを決めずにいろんなことを書いてきました。まぁ、仕事のことについては匂わせる程度で、詳しいことは書かないようにしています。守秘義務もありますし、作っている新聞を見てほしいですし、肩書きのレンズを通さない”ウメ”という人物を見て欲しいという意味もあります(でも書きたいことは山ほどあるんですのよ)。

ブログを見ていただいている方は、なんでこのブログを見てくれているのか?時々そんなことを考えます。ウメが新聞作ってる記者だから?国リハを出ているから?電化製品が好きだから?動画をやっているから?手話学習者には珍しい(一応まだ)若い男性だから?毎日更新してるからとりあえず?

色んな理由があるとは思いますが、そんな見てくださっている人の期待に応えたい、というのが、どうせブログを毎日更新している立場の管理人ウメの思いでございます。

どんなネタを書けばいいのか・・・、また立場上どこまで書いて良いのか(本当は個人のブログなので何でもいいとは思っているのですが、仕事上で得た情報はまずいですし、人権侵害などもいけませんし・・・)、そして何を書いたら喜ばれてウメも満足するのか、そんなことを考えながら毎日更新しています。(仕事も同じですけどね)

何が言いたいのかまたしてもだんだんわからなくなってきたので、要するに言いたいことをまとめますと、少し「手話」や「ろう者」に関するネタを増やしていきたいな、と思っているのです。もちろん家電製品や電車、ニュースネタを減らすというわけではないのですが、やっぱり今のウメの生活の大きな部分を占めている「手話」や「ろう者」のネタは出していった方がいいかな・・・と思うのです(何か具体案があるわけではないのですが)。

ただ、結局ウメは一手話学習者(通訳者って言ってもいいですかね)なので、その立場で思ったこと、感じたこと、疑問、感動、不満、いろんなことを踏み込んで書こうかな、と思い始めています。

そのネタで「違う!」と感じる人がいるかもしれないですし、「そんなはずじゃなかった」とがっかりする人もいるかもしれませんが、その辺はご容赦ください。反対意見やコメントも歓迎します~ちょっとした意見交換ができればいいかな、って思うのであります。それが視野を広げることにもなりますし。

長くなりましたが、そんな感じでこの春からウメダスは更新を続けていきたいと思います。が!結局元通りになりそうな予感もするので、もし手話ネタを読みたい!と思った方はツツンとウメをつついてください。○○についてどう思いますか?的な提案も歓迎いたしますよ(^^)/

(そんなことを書いておいてこの次の記事がご飯ネタだったりするのがウメダスらしさ。さぁ何が出るか・・・)

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2008年4月 9日 (水)

/あいさつ/

一昔前の手話講習会なんかではまず教えられていた「あいさつに関する表現」。

いわゆる「おはようございます」とか「こんにちは」とかの表現ってとりあえず最初に教わる印象があります。ウメは手話講習会に通ったことがないのでわからないのですが、そんな感じですか?

とあるところで話をしていたときに、そこにいたろう者が、そのあいさつをする時に指を曲げて表現する/あいさつ/をやるのはどうも・・・と言っていました。ろう者同士なら初めての人ならともかく、わざわざ指を曲げて「こんにちは」とかやらない、と。確かにその通り。

例えば講演会などの格式張ったところではあえて/あいさつ/を表現するところもあるかもしれませんが、通常の会話ではわざわざしませんよねぇ。でもなんで教えてるんでしょうか・・・。する人がいるからでしょうか・・・。しかも「人と人がお辞儀をしている様子」なんて意味まで付いちゃってたりするんでしょうねぇ。

そのろう者とも話をしましたが、/あいさつ/の表現を使うときは、「あの人に一言言っておいた方が良い?」とかそういう時にしか使わないような・・・他に使いみち、ありますっけ?

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2008年4月 8日 (火)

/中/

ろう者がよく使う手話表現だけど、うまく日本語に訳せないことが多いシリーズ(笑)

(名詞などの後に)/中/

例えば/トイレ/中/と表現された場合、そのまま「トイレ中だよ」と訳してしまうようではダメでございますね。まぁ、意味がわからないわけではないのですが、それでは通訳とは言えません。その場合は「お手洗いにいってるよ」くらいの日本語が必要ですよね。

まぁ上の例はまだわかりやすい方ですが、なかなか難しいパターンもあります。待ち合わせの場面で、来ていない人の事をさして/バス/中/という表現だと、「今バスでこっちに向かっている」という表現になったりするそうです。って伝聞推定ではだめですね。

逆に音声を聞き取り通訳しているときなどで「探しています」というのを(場面にもよるとは思いますが)/探す/中/とできないと、ろう者に伝わらないことがあると思います。/探す/いる/という表現では「どっちなのよ!」となりかねませんからね。/探す/ある/でもいいのかなぁ・・・ダメでしょうねぇ。

この/中/の役割について、何種類くらいあるか、誰か調べてくれませんかねぇ。国リハの後輩の卒業研究かなんかにいかが?(笑)

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2008年4月 7日 (月)

パソコン語の指文字

偉大なる友人Uさん(ろう者)に相談がある、と言われ、お?恋愛の達人ウメ子に恋の相談だな!と期待していたら、なんとパソコン関係の相談で、複合機やらサーバーやらを買いたいとのことでした。

(ちなみに最近、自分のことをウメではなく、ウメ子と呼ぶのが流行っています。なんとなくイメージに合うんですよね。ウメ子って・・・。)

それで今日先ほどまで会って話してきたのですが、いやーこういうパソコン関係は改めて横文字のオンパレードだと言うことに気づかされました。プリンターやサーバーならまだマシですが、ドキュメントスキャナー、ネットワークハードディスク、NAS、ADF(オートドキュメントフィーダ)、スイッチングハブ・・・これらを説明するのもコリャ大変ですが、指文字でそのまま表現するのも大変でございますよ。

でも説明するにはやらないといけないわけで、なんとか手(指)を動かそうとするのですが、なかなかうまいこといかないです。Uさんとは一応良くしゃべって通じるので、最初の何文字かだけやってあとは口形でごまかす・・・なんて事もやってしまいました。それに多少専門的な話とはいえ、うまく説明できないのがもどかしいもどかしい。「NAS」って何?って聞かれてうまく説明できず、パッケージの後ろを指さして「こんなん」って言ったら、「販売員失格だぁ~」と怒られました。

だってー難しいしー仕事じゃないしー(笑)言い訳大魔王でございます。

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2008年4月 2日 (水)

/聞こえる人/と/聾/

(声を出さないで)手話をするときに「聞こえる人」(健聴者・聴者)と表現するとき、立てた人差し指を耳と口のところで前後させる動きをしますよね。

話は脱線して、さらに前にもした話なのですが、ウメは聞こえる人のことを「健聴者」っていうのも「聴者」っていうのも、どこか腑に落ちない面があるんです。具体的に何が、っていわれると困っちゃうんですけど、どちらも自分のことをさしているわけなんですが、なんか違うなぁ・・・と思ってしまうのです。

なので、読み取り通訳をしている場合には「聞こえる人」ってしゃべるようにしています。というか無意識的にそうなってしまうことが多いのです。文脈に合っていれば問題はないのですが、時にはおかしいこともあるので、その辺はTPOに応じた言い回しを使い分けられるようにならないといけないなぁと思う訳なのですが・・・。

んで、話は/聞こえる人/の手話に戻りまして、そのときの口の動きってどうするのが一番自然でしょうか。手話学習者や、講師なんかで丁寧な方だと「ケンチョウ」とか「ケンチョウシャ」とやる人もいますが、ウメが見た範囲では「アーアー」という口の形をしていると思います。あとは口を開けるか開けないかくらいにしておくか。

それと違って/聾/ってやるときは口は開きませんよね。たぶん。口を開きながら/聾/ってやるとなんかものすごく違和感があります。おそらく口の形も含めての手話文法なんだと思いますが、こういうのって習うんじゃなくて、ろう者の自然な会話を見て盗む、というか真似るというか、そうするしかないんですかね。

という意味では、手話を勉強するのってなんか伝統工芸の修行をするのと似ているなぁ、と話が飛躍するウメなのであります。「教わるもんじゃねぇ!盗むんだバッキャロー!」ってな感じでしょうか。でもそれじゃあ手話学習者が減っちゃいそうなので、その辺はうまーく、うまーくバランスを取って学べる環境を作れれば良いのかなぁと思うのでありました。

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2008年3月25日 (火)

/完熟/

手話で表現しようとして困っちゃったよシリーズ(完全なる思いつき)

「完熟」 意味:果実や種子が十分にうれること。

「完熟」もそうですが、「果物が熟す」という意味を表現したいときはどうしましょうか???

ウメは、自分の方に向けた左手の手のひらに右手の甲を合わせる形の/満足/に近い感じで、あとは「んーっ」って感じの(どんなんやねん)雰囲気も付け加えて/完熟/ってやりましたけど、完全なる創作手話ですね(^_^;)

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2008年3月24日 (月)

非手指動作をまとめて

以前通っていた国リハで教わっていたいわゆる「日本手話」の大事な要素である「非手指動作」(NMS)。2年間たっぷり学んだのですが、自分でも今ひとつ身についていないのを感じておりまして、改めて難しさを感じているところでございます。

良く「どんなの?」って聞かれて説明したりするのですが、眉の動きとかうなずきとか・・・となんとなくしっくり来ない方法でしか説明できません。例えば同じ表現の手話でも非手指動作の違いによってその意味が異なってきたりする、というのは散々教わりましたし、なんとなくわかっているつもりなのですが、じゃあどう違うのかが具体的に説明できないのでございます。こりゃ卒業生失格ですな。ま、ウメが具体的に説明する必要もないんですけど。

それぞれろう者によっても微妙に違う意味を持たせている場合もあるでしょうし、時と場合によっても持つ意味が違う場合もでてくるでしょう。まぁ、手話のことをこうやって日本語で説明しようっつーのが間違っているのかもしれませんが、ぼやーんとしたものをはっきりできないんですよね。やれって言われたらできるようなできないような・・・あぁ、また何が言いたいのか分からない病がでてしまいました。

正直聞き取り通訳するときにそこまで表現できているのかわからないですし、通訳の場ではなくてもろう者と手話で話している時にでもウメができているのか、合っているのか間違っているのかわかりません。どれだけエラーをはき出しているのか、不安でございます。そういえば、国リハ時代は逐一指摘されていましたなぁ・・・あんな機会はもうそうそうないんでしょうなぁ・・・。

どこかに「非手指動作」をまとめた本とかDVDとかありませんかねぇ。まとめただけじゃなくてわかりやすく事例なんかも加えて解説してくれたりなんかしたらステキでございます。まだまだ未知の部分も多いとは思うのですが・・・。

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2008年3月19日 (水)

2回繰り返す

ろう者の会話のなかでよく見られる光景、というか、手話での話し方で特徴的なものは、大事なことを2回繰り返して言うということですね。大事なことに限らず、話の掛け合いに応じて単語などが繰り返されることが多いですよね。音声言語では、よっぽど強調したり、話の中で聞き返されたりしない限りは繰り返すことはありません。逆に繰り返すとくどく感じます。それが手話になるとくどく感じないのはやはり言葉が違うということですね。

音声言語を聞き取って通訳する場合、こういった2回繰り返したりする手話独特の話し方ができなくなりますよね。どんなにうまい手話通訳だったとしても、音声言語の通訳である限りは独特のリズムが再現するのは非常に難しいですよね。逆にそこまで出来たら完璧な通訳だと思いますが・・・。

2回繰り返すだけではなく、日本語では表現できない手話のリズム・話し方・特徴、その辺りを私たち手話学習者はどのようにして学ぶか、というのが大事だと思います。手話の単語を一つ一つ覚えることはそんなに重要じゃないのかな、ろう者をみてその話し方を身につける、まねする、やってみる、というのが良いんじゃないかなぁと思うわけです。親がろう者のコーダはその辺りが自然に身についているので、そんじょそこらの手話学習者が真似できない「うまさ」を持っているんじゃないかと思うわけです。

ウメも単語1つ1つではなく、その辺の自然さを身につけられるために、いやそんな深いところまで考えずにろう者としゃべってきたつもりです。そのせいか、手の形や新しい単語に弱くなってしまいましたが、それは・・・なんとかします。

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2008年3月17日 (月)

手話をしている人の間

ウメはよくやっていることなのですが、良いことなのかどうかを皆さんにお聞きしたいと思います。

ろう者や通訳者が手話で話している間を通り抜けるっていうのは良いことなんでしょうか。もちろん、2人の間に多少の隙間があって(そんなにぴったりくっついてしゅわしませんけどね)、2人の後ろに通り抜けられるだけの隙間がない、もしくは避けて通るときはかなり大回りしないといけない時です。

こういうとき、ウメは頭を下げて手を挙げながら2人の間をさっとすり抜けます。だって通りたいんだもん。でも、もしかしたらこういう場合は声をかけてどちらかをどかして通らせてもらった方が良いのか、いや、それだと話を遮ってしまうから、なるべく視界を遮らないようにして2人の間を通ってしまった方が良いのではないか!?ということで、間を通っております。

幸い?これまでその方法でしかられたことがないので、やっちゃってますが、実はマナー違反だったりしたりしますか?職場の人に「ウメはいつも話している間を通る・・・」とかで悪く思われていたりして・・・。

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2008年2月19日 (火)

脇はしめない?

カメラで写真撮影をするときに大事なことは、手ぶれ防止のために脇を締めること、ですよね。

さて、それとは逆に手話をするときは脇を締めないで大きく手話をすることは手話学習者にとって大事だと思いますが、いかがですか?ろう者の皆さんにとっては「何をわざわざそんなことを・・・」なんて思うかもしれませんが、脇のしまっている手話学習者が多いこと多いこと。

かく言うウメも、手話動画を撮影しているときや、普通に話をしているときには脇がしまっちゃってます。いや、締めているわけではないのですが、なんというか、自然じゃないなぁと後で思います。特に手話動画は後で振り返ることができるので(あまり振り返っておりませんが)自分のクセがつかみやすいですよね。

手話学習者の多くは、手の先にだけ神経がいって余計な力が入るので脇がしまっちゃうんだと思います。手話って手の先だけでやるものじゃなくて、腕とか、肩とか、上半身の広い範囲を使いますよね、それが自然になかなかできないのでございますよ。

ウメも気がつくと手話の大きさが小さくなってしまって、これって見やすいのかなぁ、見にくいだろうなぁ・・・と思います。気をつけているつもりではいるんですけどね。ほどよく脇を開いて大きくゆったりとした美しい、読みやすい手話をしたいものです。

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2008年2月15日 (金)

ケンゾーさんの手話

ウメダスからもリンクしているかごしま聾《手話》世界。に、久しぶりにケンゾーさんの手話がアップされました!ずいぶんご無沙汰でございました。しかも動画の形式が@Niftyビデオ共有になっておりました。この方式もちょくちょく広まっていますね。

ケンゾーさんの手話は相変わらずなめらか・・・素晴らしいですね。これだけで芸術と思ってしまいますが、これぞまさしくろう者の手話!って感じです。

その他にも静岡県聴覚障害者情報センター手話動画ブログの月曜男さんや西讃ろうあ協会手話コラムなど、ろう者の手話ブログも更新されています。もっともっと広まってほしいものです。

そういえば師匠であるK先生のブログでも動画が久しぶりに掲載されるようになりました。これから手話動画ブログがもっともっと広まって、ウメダスなんて下手くそな手話見たくない・・・って言われるくらい・・・イヤそれはイヤだなぁ・・・まぁとにかく広まって欲しいものです。

手話学習者の皆さんも、ネットでろう者の手話を見て興味を持ったら、地域のろう者に思い切って話しかけてみてくださいね。

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2008年2月10日 (日)

満杯の全体会

満杯の全体会
全通研みえ集会、分科会も無事終わりまして、現在全体集会中です。

分科会では、ウメは結局一言もしゃべらないまま終わってしまいました。テーマ選択を間違えたのか、発言できるような話題にはならなかったのですが、それでも色々と勉強させてもらいました。たまに睡眠学習でしたが…(ああいう会ってなんで眠たくなるんでしょうね)

今回は全体集会の会場が手狭で、人が一杯で立見もでるくらいの盛況ぶり…というよりもやっぱり部屋の収容人数が絶対的に足りていない感じです。
熱気がムンムンしておりまして、モワっとして気分が悪くなりそうです。部屋の端っこで大人しくしています。

それにしても、毎年の全通研の冬集会は活気がありますよね。講演を聞いたりするのとはまた違って、意見が飛び交うのが特徴です。
レポートをもとにした議論や、各地域の情報交換など、参加された方は有意義な時間を過ごしたと思います。

ウメは京通研の新しい本の販売にもまわり、それはそれで楽しみました。体調も崩れる事なく、なんとか無事に終えました〜。ほっ。

が。実は三重はこれで終わりではなく、ウメは実はもう一泊するのでございます。デートではありません。お見合いでもありません。ある意味修業と言えばいいでしょうか。
また日を改めてご報告します。

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法則を手話で

数年前に流行った「マーフィーの法則」ってありましたよねぇ。社会生活の中であるある的な哀しい法則を挙げてヒットしたと思うのですが、今でもインターネットで調べたら色々出てきます。

日本語で見ればそこに書かれた表現から、その法則が持つおもしろさを理解することが出来ますが、例えばこれをマーフィーの法則がどんなものかを知らないろう者に手話で伝えるとき、その字面をそのまま手話に翻訳しても伝わらないかも・・・と思うことがあったのです。

生活様式の違いなど、いろいろな面があるとは思いますが、短い文の裏側にある法則の面白い部分をどう説明するか・・・ちょっと考えてみると翻訳の勉強になるかもしれません。下に法則の一例を挙げておきますので、「あるある」とお楽しみいただいた後は、どう通約するか考えてみてくださいね。

<一般論>
・99%の確率で成功する場合、残りの1%の確率はやけに高い
・自分が狙っているものは、他人も狙っている。
・「~にそっくり」って言われる女の子は可愛くない。
・複雑な計算問題の答えは、0か1である。
・アメリカ映画は、いつも全米No.1である。
・理系は、100行を1行にする。文系は1行を100行にする。
・見たくないものこそ、目に入る。
・自分の悪いしぐさは、鏡に映らない。
・言い訳をすると怒られる。言い訳をしないと怒られる。
・「わかったような、わからないような…」と言ってる人はやはりわかってない.
・暇があればお金がない。お金があれば暇がない。
・危機的状況とは「すべてを無かったことにしよう。」とは言えないときである。
・忠告の善し悪しが判断できる人は、忠告を必要としていない。
・機械は動かないことを誰かにみせようとすると動く。

エレベーター
・長時間待っていると2台まとめてやってくる。
・すぐに来たと思ったら各階に止まる。

<運命論>
・先に行っても誰もついてこない。
・チャンスは誰にでもやってくる。それをつかめるかどうかが問題である。
・自分が思ってるほど、他人からは不幸に見えない。
・不幸が起きてからその予兆に気づく。
・みんなが見ている前では奇跡は起こらない。
・自分がうまくいってる時、他人はもっとうまくいっている。
・人生最大の運はどうでも良い局面で行使される。
・学歴・資格・給料 は無能な人間が一番ほしがる。
・「お互い様」を強調するのは、常にわがままを通そうとする方の人間である。

<社会学>
・無理をするなと言う人ほど、無理をさせている。
・不要だと思って捨てたプリントは、すぐに必要になる。
・必要だと思って取っておいたプリントは、必要にならない。
・電話をかけ始めると共に、話す内容を忘れ始める。
・ものを知らない人間ほど、難解な言葉に頼る。
・修正液が乾いたかどうかは、上書きしたときにわかる。
・乾く頃には修正内容を忘れている。
・「順調」というのは「間違いに気づいていない」という事である。
・うまくいってるのかどうかわかってないときは、うまくいっていない。
・店長候補募集で募集している仕事は店員である。
・完成にかかった時間がスケジュールであり、完成にかかった費用が予算である。
・会社を辞めたいとき、世の中は不況である。
・どんなに素晴らしい仕事を上司に示しても、上司はその結果に手を加えようとする。
・何かあった場合に、自分と同じ窮地に立たされる人を信頼せよ。

部下・上司
・賢いと感じる部下がいる場合、彼はあなたよりもはるかに賢い。
・馬鹿だと感じる部下は、そう思うあなたより賢い。

・「君だけに話しておくが」は、みんな知っている。
・上司に「ちゃん」付けで呼ばれた場合、とんでもないことを頼まれる。

<経済学>
・どんなことでも思っているよりお金がかかる。
・「品切れ御免」は、品切れしている。
・「半額大処分」は、半額のものである。
・「円高還元」は、輸入品とは関係ない。
・「最終処分」は、最終ではない。
・「在庫一掃」は、まだまだ売れ残っている。
・「目玉商品」は、使い物にならない。
・「一流メーカー」は、二流である。
・「色・柄が異なることがあります。」は、変な色や柄のものしか売ってない。

・時給800円以上とあれば、800円である。
・誰かが得をするためには、誰かが損をしなくてはならない。
・誰かが損をしたからと言って、誰かが得をしたとは限らない。
・宣伝カーは何もして無くても「ご声援ありがとうございます」と言う。

<心理学>
・「かわいそう」と口に出して言う人は、そう思ってない。
・話したくないと思った人ほど、話しかけてくる。
・おもしろい夢の話はしゃべってる本人にしかおもしろくない。
・「眠りに落ちる気持ちよさ」は「眠ってはいけない度」に比例する。
・他人を待たせるより、他人を待つ方が長く感じる。
・苦しい時の神頼みはみんなするが、うれしい時に神に感謝するのはみんな忘れている。
・空腹は認識したとたん、加速度的に激しくなる。

<恋愛論>
・あなたにやさしい相手は誰にでもやさしい。
・「とても良いコだよ。」と紹介された場合、その女の子は美人ではない。
・女の子が別の子を「かわいい・美人」という場合その意見が男性の支持を得ることは無い。
・「いい人だから」と紹介される事はとりえが全く無いことを示す。
・「~と言いたい」と言ったとき、あなたはすでに言っている。
・「怒るぞ」と言ったとき、あなたはすでに怒っている。

・追うと逃げる。
・逃げても、追われない。
・どうでも良くなると寄ってくる。

・町中でかわいい女の子が笑顔で走ってきたら、自分の後ろにかっこいい男がいる。
・あるいは宗教の勧誘である。

<コンピューター学>
・時々発生する故障の確率は、修理屋が来た時が最も低く、帰った直後が最も高い。
・変換ミスは印刷中に見つかる。
・非力なマシンほど効率的に使われる。
・あまりに非力なら使われない。
・急いで終わらせようとすると不調になる。
・パソコンはたたいても直らない。
・家電はたたかないと直らない。
・いずれもたたきすぎると壊れる。
・忙しい時は単純なゲームでも面白い。

ユーザーサポート
・いつも話し中である。
・10回かけ直して反復動作的に受話器を置くと、最後に呼び出し音がなっていたことに気づく。
・さらに10回かけ直してつながっと思ったら、
 「本日のサービスは終了しました」というテープ音が流れる。

<アカデミズム>
宿題
・全然やっていないと指される。
・全部やってあると前の人で終わり。
・途中までやってあるとやってないところが当たる。

・テストの見直しで自分の答えに疑問を持ったとき、
 それを書き直しても書き直さなくても不正解となる。
・教師とは板書を邪魔するように移動する生物である。
・普段出席を取らない教授の授業を休むと、その時に限って出席を取っている。
・「一限目は休講」。ただしそれを知るのは当日の朝である。
・「全然だめだった」という人はそれほどだめではない。
・解らないことがあるという人は解っている。
・本当に解ってない人は、解っていないことさえ解ってない。
・「自明である」というのは本人もよく分かっていないという事である。

<マスメディア>
・録画予約したテレビ番組の前の野球中継は必ず時間が延びる。
・ニュースの悲惨さとその直後のCMのばからしさは比例する。
・CMの前に「まだまだ続くよ」と出たら、もうすぐ終わりである。

ドラマ学
・感動的なシーンに限って臨時ニュースが入る。
・長いシリーズほど最終回はあっけない。
・長いシリーズほど最終回を見逃す。
・最終回を見逃した番組は再放送でも最終回を見逃す。

殺人事件ドラマ学
・美人は殺される。
・殺されないときは犯人である。
・その際、最後に犯罪を告白して自殺する。
・事件現場には必ず関係の無いものが落ちている。
・そこに落ちているものには一番怪しい人物のイニシャルが彫られている。
・その怪しい人物は犯人では無い。
・番組の途中で死ぬ人は必ず遺書を残す。
・それを発見した人物は必ず声を上げて読む。
・主人公は、事件とは関係ないことをしているときほど、トリックを見つける率が高い。

<医学>
・「ダイエットしなきゃ」と言う女性はそれほど太っていない。
・医者は修理できなくてもお金を取る。

<移動理論>
・駐車違反やスピード違反で捕まったときに、運が悪いとしか考えない。
・曲がるべき角は、今通り過ぎた角である。
・時間短縮でした近道は遠回りになる。
・出発前の準備は、いくら時間があっても、出発30秒前に色々やらなければならないことが出てくる。
・降りたくない駅で何度も降ろされ、降りたい駅では降ろされない。
・タクシーが目的地に着く寸前に料金が上がる。
・正面から自転車が来て避けたとき、相手も同じ方向に避ける。
・座席の隣でかわいい女の子がコックリコックリしている時、
 もたれかかるのは反対側である。
・おじさんだとこっち側である。

<料理学>
・一生懸命作った料理よりも、手抜き料理の方がおいしい。
・冷蔵庫の中の物は新しい物から消費される。
・古い物はいつまでも残っている。
・冷蔵庫の中で忘れたおかずは2日目も忘れる。
・2日忘れた物は3日目も忘れる。
・食べる勇気も、捨てる勇気も無くなる。
・焼き肉屋のバーナーの火力は、食欲に反比例する。
・「当店おすすめメニュー」はおいしい料理という意味ではなく、
 その日に一番多く仕入れた材料で作られた料理だという意味である。

<ギャンブル>
競馬
・馬券を買わずに予想したときに限って当たる。
・どんな不可解な結果に終わったレースにも、必ず理路整然とした解説が用意されている。
・もし、出走する馬の中に豚が交じっていても、その豚の「馬券」を買うやつはいる。
・金の無いときは負ける。

パチンコ
・もうそろそろ出るだろうと思ってやっても最後まででない。
・はじめの1000円で当たると、次の当たりまで10000円は使う。
・勝った金額は覚えているが、負けた金額はすぐ忘れる。
・財布に1000円残すくらいなら、その1000円に夢をかける。
・お金が無くなって、初めて負けたことに気づく。
・自分の座った隣の台はよく出る。
・出ないからといって、移ると、次に座った人が出す。
・時間の無いときに限ってよく当たり、時間があるときは全然当たらない。
・やらなければ決して損はしない。
・勝ってすぐやめられるなら、はじめから来てはいない。
・いつも、あと一回当たったらやめようと思ってやっている。
・しかし、その一回がなかなか来ない。

・勝った金額を記録し始めると負ける。
・久しぶりにやったギャンブルは大勝ちする。
・大負けした次の日のギャンブルは、必ず負ける。
・もうやらないと誓っても、3日もたない。
・かなり勝ったと思っていても、たいして勝っていない。
・勝った話はするが、負けた話はしない。
・神の存在を信じたくなることがある。
・当たりが出た宝くじ売り場では、買う人が増えるので、また当たりが出やすくなる。
・生活のかかったギャンブルは必ず負ける。
・すべてわかっている。

<気象学>
・目的地に着いたときに、もっとも強く雨が降る。
・天気予報は肝心な時に悪い方にはずれる。
・雨を降らせない最良のおまじないは、傘を携帯することである。
・雨を降らせる最良のおまじないは、洗車をすることである。
・必ず一度、間違えて時報にかけてしまう。

<日常生活論>
・探し物は最初に探す場所に必ずあるが、最初に探したときには見つけられない。
・寝ているときにかかってくる電話は間違え電話である。
・もう一度寝ようとすると、もう一度同じ相手からかかってくる。
・受話器にふれようとすると切れる。
・放っておくと、鳴り続ける。
・電話で1時間おしゃべりすると、現実では2時間が経っている。
・朝6時にセットすると、夜6時になる。
・エアコンの温度調節にちょうどいい加減は存在しない。
・たいして忙しくない人ほど、待ち合わせに遅れる。
・商品購入の勧誘において、あなたは必ず「選ばれた人」である。
・頭を動かすなといわれると、鼻がかゆくなる。
・70%~90%OFFで売られている商品に正当な原価は存在しない。
・自分の部屋で拾ったお金は、元々自分の物であり、儲けたわけではない。
・記念に残しておきたい記念品は無い。
・消耗品をまとめて購入するとなかなか消費されない。
・子供が購入をねだるのは必ず、クラスの「みんなが持っている」ものである。
・この「みんな」が2~3人を意味しているなら、その子は普通の子供である。
・この「みんな」が本当に「全員」を意味しているなら、その子は驚異的忍耐力の持ち主である。

<問題学>
・解決できれば、本当の問題ではない。
・計画通りに行くものはない。
・いくつかの行動の中からどれかを選ばなければならないという重大局面を迎えたとき、ほとんどの人は最悪の行動を選ぶ。

<囲碁>(C)1995 H.Takahashi
・隣の盤をみる相手の顔に「投了しろ」と書いてあったら形勢は悪い。
・自分の石には常に凌ぎ筋があり、相手の石には常に凌ぎ筋がない。
・囲うと地がなくなる。
・上手が読んでいる以外の場所に打つ時に勇気がいるのは下手である証拠。
・下手は囲みたがり上手は攻めたがる。
・20目差は細かい、50目差は挽回出来る、という事に最低一人の賛成者がいる。
・第一感の着手を打たずに不利になった時、後悔の度合いが大きくなる。
・痛いと口からもれるときは痛くない。
・鼻歌がでるときは勝っている。少なくとも本人はそう思っている。
・鼻歌が止む時は事件が起きたと自覚した時である。
・先手で打って欲しくない所は打たれる。

<その他>
不動産屋の法則
・「徒歩10分」は20分である。
・「閑静な住宅地」はさびれてて近くにお店も無い。
・「公園隣接」は公園に歩いていけなくもない。
・「南面」は南に少しでも向いている。

・靴ひもがほどけた場合、どんなにきつく結んでも次にほどけるのは同じ足のひもである。
・世界征服をねらう悪者は、幼稚園の送迎バスを狙う。(ほげほげレンジャー)
・凶暴な怪獣ほど中に入ってる人間の形が分かる。
・「あなたは頑固だ。」という人間は頑固である。
・ノーコメントは肯定である。

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2008年2月 8日 (金)

病み上がりの手話

数日間誰とも手話をしないでベッドにずっと横になっていると、さぞかし手話力が落ちているんじゃないかと心配しましたが、なんとなく同じような感じなのでホッとしました。でも込み入った話などをするとやっぱり手が動かないなっていうのがわかります。

手話に限らず、言語ってどれくらい使わないと落ちていくんでしょうかねぇ。本当なら毎日本場の人と話すくらいじゃないといけないのでしょうが、それは出来ないとしても、上向きを保ち続けるにはどうすればいいか・・・いや、せめて落ちない程度にするにはどのくらいまでなら間隔を開けられるか。

ウメ的には週一回ではダメなような気がするんです。それは覚える単語の数とかそういうことじゃなくて、手話っぽい手話をするにはそれではダメで、最低でも3日に1回は手話をすることが必要なのかなぁと思うのです。まじめに勉強!ではなくて、独り言でもテレビの真似でもなんでもいいから。

ウメもクセが身についてしまったのか、扁桃炎が少しマシになったときにテレビのニュースのナレーター部分だけ手話したりしていました。なんだろう、ふとやらなきゃって思ったのです。できていたかどうかなんて関係ありません。手を動かす、そのこと自体が大事なのかな、と思いまして。そんなことを考えるヒマがあったら少しでも寝ていろという感じでしょうが・・・。

手話の場合は、肩とか手を使うので、ずっと寝ていて久しぶりに手話をする場合は違和感があるのかもしれませんね。いやーそれにしても健康で手話が出来るというのは幸せです。ありがとうございます。健康に感謝。

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2008年1月22日 (火)

手話を教わるとき

講習会などで手話を教わるとき、マンツーマンなんてことはなくてだいたいは講師1~2人に対して生徒が10人くらいのパターンが多いですよね。それでも少人数で進んでいくことが多いですが、結局のところ先生一人に対して何人くらいまでがきちんと教えることができる限界なんでしょうか。どこかの英会話学校みたいにマンツーマンの教師が教えます!みたいな手話教室がでたら流行りますか・・・。

さて、複数の生徒になるので、当然先生が一人の生徒とやりとりをしているときは、他の生徒はヒマになります。ヒマというか、そのやりとりを見ていればいいのですが、まぁヒマですよね。でもそんなときが吸収→実力アップのチャンス・・・なのかもしれません。うん、そうかも。ウメは授業の時に自分が触れられてないとバッチリ寝ているときが多かったと思いますが・・・。

で、生徒がたくさんいれば授業の復習などで、自分が知っている手話とかが出てきたりすると「それ知ってる」とか「もうそれはやった」的な態度を取る人もいるでしょう。ウメはそんな見下した感じはしませんでしたが、知っていることをやっているとつい質問などに答えたくなってしまうのです。おとなしくしていればいいんですけどね~。地域の手話講習会では、生徒の習熟度にも差がありそうなので、これが顕著なのかもしれません。

教える方にも技術が必要だったりして大変だと思いますが、教わる方は教わる方でみんなで成長できるような態度でいなければいけません。自分だけがうまくなろうとか思ってしまってはダメだと思います。手話を学ぼうという人は周りの人の事も考えて、協調性も身につけて手話をうまくならなきゃいませんね。

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2008年1月16日 (水)

なんで入ったんだっけ

最近ですね、なぜに国リハに入ったのかについて改めて聞かれる場面が多くて、ふと考えてみたのですが、やはり手話を専門的に学べる環境にどっぷりつかりたかったから、なのかなぁと思います。週1~2回の講習会で満足できるレベルではなかったので、仕事を辞めて入っちゃいました。

手話の専門学校や、手話を扱う大学ってチラチラと増えてきているような気がしますが、あそこまでどっぷりと浸かれるのは良くも悪くも国リハだけなのかなぁと思います。つかるだけならともかく、溺れることだって簡単にできますし。

そもそも、このブログを始めた頃はまだそこの学生だった訳なのですが、初期の記事には学んだことなどについても書いてありますよね。社会に改めて出てきた今、業界関係で働いているとはいえ、手話について考える時間って少なくなったなぁと思うのです。

国リハに入る前からどんな雰囲気を持っていたかは知っていたつもりですし、それも承知で入ったので、後悔は全然していません。多かれ少なかれレッテル、というか、「国リハ卒業生」の看板は背負っていると思います。でも自分としては、「私を見てっ!私を!」という気持ちで、「ま、あそこは卒業しましたし、後悔もしてないけど、今目の前に行動しているウメがいるんだから、その辺を重視して接してね!」という感じです。うまく説明できないなぁ。

ちなみに、そこを卒業したというと「すごい」と言われることがありますが、すごいことではありません。熱意があって、少々のお金と、2年間手話にどっぷりつかる時間があれば皆様ができることです。貴重な経験をしたとは思いますが、偉ぶることではないと思っています。

で、入る前からそれなりに手話はできていたのですが、やはり入ったことで専門的な勉強ができ、レベルアップの下地も作れたような気がします。本格的に手話の世界に「よーし、入ってやろうじゃないか!」という覚悟ができたというか。セコい言い方をすれば「せっかく若い2年間と少々?のお金を費やしたんだから、良くも悪くも元を取らないと!」との思いで、今はセコセコ働き、活動しているわけでございます。

それにしても、某家電量販店を辞めて、国リハに入ろうと思っていたときの心境、どんなんだったっけなぁ。人生の一大決心だったような気はするのですが、あまり印象に残ってない・・・。

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2007年11月 5日 (月)

情けない?

手話で「情けない」という気持ちを表現するときにはどうすれば良いでしょうか?

最近、ろう者と手話で話しているときなど、「情けない」と思う時があって、それを表現したいのですが、「はて、どうやって表現するべか?」と気になりました。/情けない/という手話単語があるかどうかはちょっと把握していないのですが(それでいいのか、ウメダス!)、それ以外で表現する方法・・・どうすればいいでしょう。

「情けない」の意味を調べようと思って、Yahoo!辞書に入力したら、国語事典には載っていませんでした。これは意外。説明してくれないのかしら。

そういえば、「情けない」の言葉の概念はだいたいわかるのですが、さてそれを別の言葉で他人に説明しようとすると難しいですよね。言葉一つとってもいろんな意味がありますし、そのときの気持ちによって伝えたいことが微妙に変わってきますしね。

話は手話に戻って、自分のことを「情けないなぁ」と思うときはウメは/私/バツ/+ダメそうなNMSで表現するかなぁと思うのですが、それって合ってますでしょうか。っていうか、合っているかどうかを聞くことすら愚問なのかもしれませんが・・・。これが自分のことだけではなく、例えば自分がいる場の状況が情けないとき(うまい例えが思いつかないです・・・)は先ほどの表現じゃダメですしねぇ。

ろう者のみなさんはどうやって表現するでしょうか。

と、ココまで書いて、インターネットの「慣用句辞典」に「情けない」の意味が載っていました。

1.情愛や思い遣りがない。 類:●薄情である●すげない 用例:伊勢-六三「子三人を呼びて語りけり、二人の子は、なさけなくいらへて止みぬ」 
2.情緒や風情が欠けている。興醒めである。 用例:源氏-夕顔「すき給はざらんもなさけなくさうざうしかるべしかし」 
3.情け容赦なく、残酷である。酷い。 用例:史記抄-八「呉楚七国は亜夫か巧て平らけられたか、なさけなう罪人にして殺されたぞと論したぞ」 
4.興醒めがする様子。嘆かわしい。惨めである。 例:「情けない世の中」「連敗とは情けない」 用例:滑・浮世床-初「ア情(ナサケ)ない実に嘆息するのみだ」

ウメが表現したいのは4番の意味ですかね。そうそう、応援している野球チームが連敗して「4連敗とは情けない・・・」と言いたいときなんか、どうしましょう???

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2007年10月28日 (日)

ニンニクの

今週末は京都で集会の取材の仕事をしています。近場なので家から通っています。で、静岡から来たグループとひょんなことで出会い、一緒にお昼ご飯を食べました。

パスタを食べながらウメの身の上話になり、通訳士にやっとこさ受かったことを話すと…。

「士を持っているなら知っているだろうけど、ニンニクってどうやる?」

と、ろう者に聞かれ、そういえば/ニンニク/っていう単語しらないなぁーと固まってしまいました。今までは指文字で表現することが多くて頭に入っていなかったのかもしれません。

/玉ねぎ/もつい最近まで知らなかったので、もしかしたらウメは野菜の手話に弱いのかも。/ブロッコリー/と/カリフラワー/の違いなんでどう表すのかわかりませんしf^_^;

ここは野菜にも強い通訳を目指すべく、まずは野菜を食べて…ってことはしませんが、お勉強したいと思います。

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2007年10月 3日 (水)

思い出せない大学名

京都に来てから1年半がたち、だいぶ関西系の手話に慣れてきたような気がしますが、未だに慣れないのが地名をはじめとする固有名詞の手話です。こればかりは見て覚えるしかないのですが、なかなか覚えられません。それでも京都の有名な地名はなんとか表現&読み取りが出来るようになってきましたし、人の名前も覚えられるようになってきました。鉄道会社の名前も覚えましたしねぇ~。

でもなかなか覚えられないのが大学名の手話なんですよ。と、言うのも京都には有名な私立大学が2つありますよね。立命館と同志社。この手話表現がなかなか覚えられないんです。大学には縁が無くなってきた証拠なのか、2つの大学が同じようにそこそこ頭が良くて有名だからなのか、それとも話になかなか出てこないだけなのか…わからないのですが、覚えられません。

大学名でバッチリ覚えているのは(一般的な地名とか一般名詞でも使われているものをのぞいて)筑波技術大学…くらいでしょうか。自分が卒業した東海大学も覚えていますかね。しゃれで/倒壊(倒れる)/大学なんてやりますけど。東京の早稲田、慶応はうろ覚えで… どうやるんでしたっけ…。自分が卒業していればわかるんでしょうけれどね。

予備校の説明会の手話通訳なんか行ったら大変なことになりそうでございますねぇ。

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2007年9月27日 (木)

単語が出てこないとき

ろう者と会話していて手話の単語がどうしても出てこない時ってありません?ろう者同士でも「あれ、なんだっけ、あれ?」っていうことは普通にあると思いますが、私たち手話学習者は日本語は思い浮かんでいて、さらにその手話単語を以前に表出したことがあるんだけれど思い出せない…ウキーって感じな時です。

そんなとき、ウメは良いのか悪いのか臆することなく聞いてしまいます。今日も「フットサル」という単語(どちらかと言えば新しい手話ですかね)がどうしても出てこなくて話し相手のろう者(ちなみに上司です(^_^;))に聞いてしまいました。こういうときの聞き方も、話の流れを断たないようにうまーく聞かないといけないなぁと思います。例えば指文字で聞くにしても「フ・ッ・ト・サ・ル」と一つ一つ区切ったのではろう者にとって読みづらいなんてもんじゃないですよね。ただでさえ自分に何かを聞かれていて構えているのに、妙に区切られた指文字を出されても…って思うような気がします。そういう意味で指文字はスマートに出せた方が良いような気がします。

フットサルの手話単語を聞きたい場合は「ほら、あのサッカーに似ていて室内でやるスポーツ…」というように聞いて、なおかつ相手がフットサルのことを知っていればスムーズですよね。指文字よりもスムーズかもしれません。いずれにしても聞き方って重要だと思います。分からないと思ったら臆することなく聞く、これってろう者の会話ではよく見られますし、聞こえる人の会話と違うところだなぁと思うのであります。

ろう者の皆さんはどういう風に聞かれたら、違和感なく教えられますでしょうかねぇ。わかんないってモジモジされると教えにくいですよねぇ。

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休み明けの手話

軽井沢研修以来ウメは遅れてきた夏休みをいただいておりました。今日から久しぶりの出勤になったわけですが、休み中にろう者とも合わなかったので久しぶりの手話となります。(手話ブログでカメラに向かってはしゃべりましたが・・・)

この記事自体は時間指定で前日に書いているのですが、今日は久しぶりのお仕事・久しぶりの手話です。やはり言語は使わないと忘れていくというものでございますが、ほぼ丸5日手話を全くしなかったので、手話の力がおっこっているんじゃないかと思って心配でございます。

しかも今週は会議が2つと通訳のお仕事が入る予定なので手話手話しないといけません~。大丈夫かなぁ、久しぶりで会議に通訳・・・。自分の実力がまだまだって分かっているだけに少しでも落としたくない~と思うのであります。ま、その割には取り立てて努力をしているわけではないんですけどね。

手話の実力を伸ばすこともウメにとってはとっても大事ですが、手話のうまいヘタなどをあんまり考えないで楽しくおしゃべりすることの方が結果的には良いんだろうなぁ、と思います。あまり根を詰めすぎるとストレスの原因になってしまいますし、ただでさえ仕事にしているんだから他の人よりも(悪い意味で)真剣に考えすぎないようにしなきゃ、とも思っているのであります。

思うんですけど、手話を勉強する人ってまじめな人が多いですよね。でもそのまじめさ故に悩んだり落ち込んだりすることが多いと思うんです。もちろん、言語を勉強するのですからある程度のまじめさは必要だと思いますが、時には違ったアプローチで、深いこと考えずに触れてみるっていうのが大事なのかなぁと思いますし、ウメもそういうスタンスでやってきました。おかげさまで手話を勉強してもうすぐ10年になりますが、つらいなぁと思ったことがありません。

こんな意見、参考にはならないとは思いますが、こんなスタンスで手話に触れている学習者もいるっていうことでございます。不謹慎ですかねぇ。

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2007年9月16日 (日)

やっぱりうっとり

昨日たまたまNHKの週刊手話ニュースを見る機会があったのですが、今は聞こえる人とろう者のキャスター2人でやっているのですね。

その時は国りは時代のウメの恩師が出ていたのですが、やはりニュースを表現するその手話にうっとりしてしまいました。手話そのものの動きは早いのですが、だからといって読み取りづらいということはなく、必要十分な情報が提示されていてそれでいてムダがない・・・改めてうっとりしてしまいました。

ウメには当然できるわけもないのですが、でも少しでも近付きたいなぁと思ってしばらくうっとり見ていました。うーん、わかりやすい。ろう者の皆さんも同じことを思っているんでしょうねぇ。

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2007年9月 2日 (日)

もっさりはどう表現?

携帯電話でメールを打っていて、指の入力に携帯電話が付いてこないとき(例えば「おはよう」が「えはよい」になる) ことってありませんか?その他にもメニューの切り替えなどで待たされてイライラすることがありますよね。そういう携帯のことを「もっさり」 していると言います。ウメが携帯電話を購入するときにはこの「もっさり」具合を確かめてから購入します。 ネットでもっさりかどうかの評判が結構載っているのでそれを参考にするわけです。

今回のソフトバンク912SHでは、だいたいの使用場面ではスムーズに動く(サクサク)のですが、 長いメールを打っていると文字入力が「もっさり」して取りこぼしが起きてしまいます。見た感じ予測変換と連想変換が追いついていないようで、 これをオフにするとだいぶ解消されます。

さて、この「もっさり」という言葉。広辞苑にも載っている普通の言葉ですが、ネットなどでよく使われるようになってきました。意味は 「その対象物の、動作がにぶいさま。」ということです。

例えば携帯電話をいじっていたとして、「この携帯、もっさりだよ」って手話で伝えたいときはどうしましょうか。/この携帯/反応/ 遅い/で大丈夫かとは思うのですが、今ひとつもっさり感が伝わらないような気もしないでもないんですよねぇ。もっさり…。 なんかこの言葉の響きが好きなのウメなのです。

あ、でも仕事はもっさりじゃなくてサクサク終わらせたいですね。

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2007年8月31日 (金)

言っておきます

最近の手話表現で悩んでいる言葉。「言っておきます」。

何かの用件を○○さんに言っておきますね。といったときに使ったりするのですが、そのときの手話表現でいつも/言う/ある/ と表現してしまいます。この/ある/が余分だと思うのですが・・・。

ウメは最近では日本語に近い手話を表出する機会が増えてきているので、どうしても言葉を表出しがちになってしまうのですが、 国リハで習った手話を改めて考えて見た場合、この場合は/私/言う(第三者に)/ という表現に非手指動作を加えれば十分表現できるのは頭でも分かっているのに、ついつい手が動いてしまうのです。

ただの「言う」と「言っておく」の違いに加え、仕事で手話を表現するときには敬意表現を加えるので、 さらにウメの手話はおかしいことになっていると思います。やはり基礎が出来ていない証拠なんですね。

 

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2007年8月13日 (月)

とっておき

はて、「とっておき」っていうのを手話で表現をしたいときはどのようにしたらいいんじゃろか?

まずは「とっておき」というのを調べてみると、いざという時のために、大切にしまっておくこと。また、そのもの。 となっています。

さぁ、手話に翻訳してみることにしよう。

/取る/置く/…まさかぁ…。

/秘密/…これもなんだか違うなぁ。

…。

やはり日本語一つ一つを単語で考えるだけではなく、このような単語は非手指動作で対応するべきなんでしょうなぁ。単純に表情というわけではなく、手話における文法を使って表現するのが適当というのでしょう。

たとえば「とっておきのお酒があるんだ。一緒に飲もうよ!」という文と「選挙に勝つためのとっておきの秘策」というのではおそらく表現が全く違うんじゃろうなぁ。

と、なぜかおじいさんっぽくお伝えしてみました。さて、結局結論が出ていないのですが、こういうことであっていますでしょうかねぇ…。

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2007年8月 4日 (土)

手話辞典

インターネット上の辞典サイト「Weblio」に新たに動画による手話辞典が追加されたそうです。このWeblioは、インターネット上の複数の辞書を一度に検索できるサービスで、今回300番目に追加されたのが「手話辞典」。

約1000の単語について、解説文と共に動画で手話を見ることが出来ます。この動画は単語だけではなく、2~3単語の文になっていて、意味をつかんだ表現になっているなぁ、と感じました。ただ紹介されている用例の時には表現が合っていたとしても、別の時には全く合わなかったりして、単語だけを見てしまうと誤解を与えるかもしれません。

それにしてもネット上でこれだけの単語数を無料で動画で見られるのはココが初めてなのではないでしょうか。他にあったら教えてください。そして皆様の見た感想をお知らせくださいませ。

それにしてもこの「weblio」。色んな辞書が揃ってますねぇ。「マネジメント用語集」「タクシー業界用語辞典」「バーコード用語辞典」「電車図鑑」(ムフ)「鉄鋼用語」「照明大辞典」「ダム事典」「動く農薬事典」「神社データベース」「和の香り」「新ストーブ用語事典」「大腸肛門科辞典」「ウンカ・ヨコバイ図鑑」「糸状菌類図鑑」「新潟県田上町方言」「物語要素事典」などなど・・・まぁー面白そうな辞書がたくさんありますよ。

これをぼーっと見ているだけでも面白くていつの間にか知識がためられそうです。

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2007年7月10日 (火)

国際手話を操る

手話に関わっている仕事をしていると、時には海外のろう者と接する機会があります。 そんなときにいつも思うのは自分の能力のふがいなさ。と、言うのもウメは国際手話やASLが全く出来ないため、 直接にコミュニケーションを取ることができないのです。

もちろん、ジェスチャー混じりで簡単な意思疎通をすることはできますが、それ以上のものになると通訳さん頼み。 そんなときにささーっと通訳をしてくれる様子を見るとものすごくかっこよく思えてしまい、ほれちゃいそうなくらいになるのです。いやはや、 ウメも違う言語を使う人をつないでいる仕事をしているのですが、そのありがたさがよーくわかります。

そしてその日から数日間は国際手話やらASLやらをものすごく勉強したくなるのです。もちろん、そんな簡単に身につくものではないし、 ましてや通訳できるようになるまで大変な労力が必要になるのはわかるのですが、チャレンジしたい!という思いがわいてきます。… しかしそれが持続すればよいのですが、数日経って記憶が薄れていき、やがて国際手話やASLのことを忘れてしまうのです。

いや、根本に「できたらいいな。」という思いはあるのですが、今の自分にとって早急に必要ではない! と思ってしまうと実際に行動には移りません。また、何かきっかけとなるものがあればよいのですが、 さぁ習おうと思ったときに通える場所がなく、結局は勉強したいと思うだけで終わってしまっています。

こういう時にウメの向上心はまだまだだなぁと思ってしまいます。ウメは基本的に「できないことは悪いことじゃない。 でもできないよりできたほうがいい。」と思ってしまう性格なので、いつか、いつか国際手話& ASLを巧みに操ることができたらもっと役に立てるのになぁ…と思っているのであります。

誰かマンツーマンで教えてくれません