カテゴリー「手話」の記事

2009年11月16日 (月)

邪馬台国は大和にあった?

大和の国、奈良県から邪馬台国があったとする貴重な証拠になるようなものが発掘されたそうですね。

ウメが小学生の時は北九州説が有力、だったような気がします。

ところで。

「邪馬台国は大和にあった」

手話にどうやって翻訳しましょうか…。「邪馬台国」は一文字ずつ表現するしかないですよね…。

「大和(やまと)」はこの場合、奈良県の旧国名の「大和」を指すので、「奈良の昔の呼び方」などの補足を入れないといけませんよね。

「大和」という言葉の場合、「大和魂」など、日本の全体を表す場合もあり、この場合は「日本」という意味を補足したほうが良いと思います。

邪馬台国…どんな国だったんでしょうね?卑弥呼は本当にいたんでしょうかね?

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2009年11月14日 (土)

単位の表し方

今日電車に乗っているときにふと思ったんです。

ものの単位って手話ではあんまり表現しませんよね。1本、1枚、1匹…。それはまぁ手話のことを考えればヘンなことはないのですが、数値の単位ってどうやって表現するか迷う時があります。

「1メートル」

「50キログラム」と「50キロメートル」の違い

「100平方メートル」

「100CC」とか「10L」

「3光年」「マッハ5」

さらに「ミリ」とか、「ナノ」とか入ってくると、通訳しているときは単位に聞こえてこなかったりするんですよね。ただその文字だけを表現するだけではなく、(小さい/大きい)などのニュアンス?というか、そういうのをある程度加えた方がわかりやすいですし、それを手話そのもので加えるわけではなく、動きや表情で修飾する、というのもアリかなぁと思います。

あ、あと広さのたとえで使われる「東京ドーム(関西では甲子園球場で例えられます)5つがすっぽり入る大きさ」という言い回し。こういう表現をうまく通訳(翻訳)できるかどうかが、通訳者の腕の見せ所かなぁと思います。

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2009年11月 6日 (金)

近すぎるとダメ?

手話は文字通り手を使って話す言葉ですが、手だけじゃなくて顔も表情やら姿勢やら身体全体の雰囲気も多分に関係していますよね。手話を勉強し始めたばかりの人だと、手だけに集中してしまって全体を見ることができず、結局何を言っているかわからない、逆に自分が話すときも手の形や動きだけに気をとられてしまって、表情もなく、きっとカタコトの手話になっている…。

どんな言葉でも勉強し始めはそんなもんだと思いますので、ろう者の皆さんにはそのあたり是非とも穏便にご協力いただきたいところですが、少し会話ができるようになってくるといろんなことに気がつきます。いや、通訳をやっている立場でも気づかされることがいっぱいです。

たとえば相手との距離。手話は見る言葉なので、視界の中の適切な位置に入らないと読み取りにくいですよね。多少遠くても(たとえば恋人同士で駅の上りホームと下りホームで話す(!)とか)そこはなんとかなると思いますが、逆に近すぎるとからっきしダメですね。

まぁ、通常手話で会話をするときに「近すぎる」という状況はそうそうないと思いますが、たとえば混んだエレベーターの中とか、恋人同士がくっついて話すとき(!)はどうしているんでしょうか。物理的に離れられない状況では、きっと手の位置とかを工夫しているのでしょうが、そうではないときははやりある程度離れたりするものなのでしょうかね。

なんでこんなことを考えたのか、自分でもよくわかりませんが、どうしているんだろうなぁ、とふと気になったのでございます。あと、ろう者のパーソナルスペース(これ以上近づかれると居心地の悪い距離)は聞こえる人に比べて狭いと思うなぁと感じている今日この頃です。

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2009年10月29日 (木)

顔を合わす

今更さら言うことじゃないかもしれません。

聞こえる人は顔を合わさずに話すという場面はよくありますよね。

ろう者は手話で会話するので、当たり前のように顔を合わして会話します。

この「顔を合わす」っていう状況。聞こえる人はとっても苦手ですよね。そりゃー好きな人同士だったら別でしょーが、なんと言いますか、なかなか照れてしまいます。

例えば就職面接の時でも、どうしても面接官の顔が見られない時には「ネクタイの結び目辺りを見ると良いでしょう」ってアドバイス本に書いてあったりします。

でも、私たち聞こえる人が手話を勉強する、話す、(対面の)手話通訳をする場合、相手の顔を見ない(見られない)っていうのは、それはやっぱり手話になっていないんですよね。

読み取る時だって、相手から多少視線をずらしたとして、手話そのものは読み取れるかもしれませんが、それはコミュニケーションとして成り立っていない気がします。

それは「話す」「通訳する」時だけじゃなくて、ろう者と接する何気ない時でも心がける必要がありますし、逆にそれがないと会話すら成り立ちません。

ウメは(弟以外の)ろう者と接するようになって12年くらいになりますが、最近、改めて「顔を合わせる」ことの意味の大きさに気づかされています。

どんなに上手い手振りや読み取りができても、やっぱり「顔を合わす」っつーのは大事で、それがなかったら「手話通訳ができます」って偉そうなことは言えないと思います。

もし、ろう者と顔を合わせられなくなったら……。今のウメにとっては恐ろしいことになりますね。

皆さん、あんまりキレイな顔じゃないですが、これからもよろしくお願いします。

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2009年8月23日 (日)

四六時中

「四六時中」…24時間中(ケータイの中に入っていた辞書より)

普段はあまり使うことのないこの言葉。さぁ、どう手話訳しましょうか。

フツーに「一日中」だとニュアンスが足りない気がするんですよね。「四六時中」という言葉には、一日中ずーっと…みたいな意味が込められているような感じがしまして。

じゃあどうすっぺか。

「一日ずっと」とかの表現に加えて、前後の文脈と絡ませて手の動きや表情を入れるとわかりやすいですかね。

「四六時中」っていうのは昔(どのくらいからかわかりませんが)からある言葉ですよね。4×6=24時間っていう意味…なんでしょうか。

英語で言うと「all day」って訳して…いいんですよね。
(自信は限りなくありません)

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2009年3月 6日 (金)

おくりびと→手話

アカデミー賞外国語映画部門を見事受賞した映画「おくりびと」。

ミーハーなウメは受賞作品となると見てみたくなる→でも忘れる→結局見ない…なんてパターンが多いです。

まぁウメのパターンはどうでもいいとして、この作品は「納棺師」の話ですよね。

さぁ、手話でどうやりましょう。
/送る/人/…普通すぎ
/さよなら/人/…意味つかんでない
/(棺を)閉じる/人/…説明が足りない感じ
/遺体/きれいにする/閉じる/人/…まわりくどい
(指文字で)/お/く/り/び/と/…そのまんまやないかい!

はて、どうしまひょ。

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2009年2月 3日 (火)

歳の数「だけ」

今日は2月3日、節分でございますね。皆様、恵方巻は食べましたか?豆まきはしましたか?ウメはどちらもする予定が無く…日本の風習を忘れ去っていつもの通りの1日になりそうです。

さて、恵方巻の話は昨日手話でしましたが、福豆について思ったことがあって、それを思い出したので書きますね。

福豆といえば、歳の数だけ豆を食べるとその年を健康で過ごせる、という言い伝えが有名で、子どもの頃は豆を多く食べたくて歳をごまかした→でもすぐバレる、なんてことも経験しましたね。でも豆は食べ過ぎるとお腹によくないので正直な数で食べましょう。

で、思ったのが歳の数だけの「だけ」の手話表現について。もしこれを手話でやるとしたら/だけ/という表現でも通じることは通じると思うのですが、正しく意味を取れば「歳の数だけ」というのは「歳の数と同じ」という意味ですから/合う/とか/同じ/数/とかやった方が意味的には通じるかな、と思うのです。

でも多くの場合は/だけ/ってやっているでしょうし、絶対的に間違い、とも言えないので、そのあたりはどう表せばいいのか、ちょっと難しいですね。

ろう者の皆さんはどの表現がすんなり理解できますか?

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2008年12月22日 (月)

/規格/

昨日、デジタル放送関連の通訳をしていたときに困った用語。

「規格」・・・工業製品・材料・工程などに対して定めた基準。
(Yahoo!辞書より)

みなさんこれ、どうやって手話で表してます?まさか/企画/ってやるわけにはいかないし、指文字でやるのもどうかと思ったので、/機能/の手話で代用したのですが、今ひとつニュアンスが違うなぁ…と思っています。

もしかしたら手話が確定されていて、ウメがそれを知らないだけなのかも知れませんが…。

仮に手話が決まってなかったり、「規格」の意味を取って表現するのであれば/機械/機能/基準/とかやりますかねぇ・・・でもこういう話の時って概して早口だったり、専門用語続出なので、こういった変換作業が追いつきませんわ。これが合っているかどうかもわかりませんし。

最近はいろんな現場にでるようになって、自分の実力の中途半端さを実感します。変な自信というか、尻込みしないところはマシかと思っているのですが、自分の手話がちゃんと相手に伝わっているのかどうか、改めて確認をしたいところです。

あと舞台に立ったり、テレビの通訳だったりすると、どうも手の動きが堅くなるらしいので、良い感じに力を抜いてリラックス、しなやかな手話でお届けできるように努力したいと思います。

ウメの手話/規格/が少しでも高くなりますよう、今後ともひびしょうじんいたします。

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2008年12月 3日 (水)

化学療法

昨日はまたしてもCS「目で聴くテレビ」のリアルタイム通訳に出かけておりました。今回の番組は「クローズアップ現代」で、テーマは「小児脳腫瘍」について。

医療がテーマの通訳ということで、難しいだろうなぁと想像はしていたのですが、案の定専門用語やらなんやらがたくさん出てきて参ってしまいました。その中で気になった単語が「化学療法」

辞書を調べてみると
病原微生物や癌細胞を化学的に合成された薬品や抗生物質を用いて殺滅・抑制しようとする治療法。

ということで、要するに薬による治療ということですよね。「化学」という手話は「理科」(試験管で実験している仕草)で表すことができて、「/化学/+/診療/」で日本語的には表すことができますが、これでは意味とはあっていませんよね。

ウメの場合は「科学」の方が先に頭に浮かんでしまって、思わず表出してしまいました・・・。全然ダメですね。その後気がついて「/薬/飲む/とか/(注射で)打つ/治療/」と表出してみたんですが、あんまり飲み薬はなさそうな感じですし、伝わったのかどうか・・・。

「強い抗がん剤など厳しい化学療法で…」と言われると、イメージはわくのですが、どう手話に翻訳するべきか、しかも同時通訳で…。

医療関係の通訳は間違いが許されない事が多いだけに、ちょっと気になりました。

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2008年10月14日 (火)

/ネグレクト/

今、問題になっている虐待のなかに「ネグレクト」ってありますよね。要するに「育児放棄」で、食べ物や着替えを与えなかったり、構ってあげなかったり、家に置き去りにしてでかけてしまったり…。

この「育児放棄」がどうして「ネグレクト」と言われるようになったのか、って考えると不思議ですよね。
特段難しい言葉ではないでしょうし、そのままでも意味は通じるわけなんですが、「育児放棄」という言葉が与えるマイナスイメージを避けたいのか、専門用語っぽく言いたいのか、よくわからないですが…。

で、それを手話で/ネグレクト/って表した場合、いきなり指文字だけでは分からないでしょうから/子ども/育てる/捨てる/(そのままですね)ってやったほうが、通じやすいと思います。一度意味を表現しておけば、あとは指文字で…って/ネグレクト/の指文字も大変ですが…。

これに限らず、新しい言葉、特にカタカナ語が出てきた場合、ただそのまま表出するのではなく、意味も表さなければいけなあ、というのは手話通訳では必須技術ですね。

逆にろう者が「育児放棄すること…ほらほら、ネレグレト」などと言い間違えていた場合、通訳としてどう読みとるのが良いでしょうか。
言葉が音としてはいらないろう者の場合、こういう間違いはよくあります。ウメ弟が「エリンギ」のことをいつまでたっても「エンリギ」と間違えるのもそうです。

でもこれで「ろう者は覚えが悪い」としてしまうのは大間違い。そんなこといったら逆のパターンだとろう者にとって手話学習者はバカだらけになってしまいます。

普通の会話なら、正しい読み方を教えてあげればいいのでしょうが、通訳中に直すのが正しいのか、間違えた言い方をそのまま読むのか、難しい問題だなぁ、と思います。
ウメなら正しく直して読んで、後で休憩や終了後にそっと伝える方法にするかなーとは思いますが、それが合っているかどうかはわかりませんし、それこそケースバイケースだなぁ、と思います。

どうでしょうか…。

いずれにしても、「ネグレクト」のようなネガティブな言葉はあまり増えてほしくないですね。言葉の問題ではなく、社会の問題なのでしょうが…。

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