カテゴリー「手話」の記事

2009年3月 6日 (金)

おくりびと→手話

アカデミー賞外国語映画部門を見事受賞した映画「おくりびと」。

ミーハーなウメは受賞作品となると見てみたくなる→でも忘れる→結局見ない…なんてパターンが多いです。

まぁウメのパターンはどうでもいいとして、この作品は「納棺師」の話ですよね。

さぁ、手話でどうやりましょう。
/送る/人/…普通すぎ
/さよなら/人/…意味つかんでない
/(棺を)閉じる/人/…説明が足りない感じ
/遺体/きれいにする/閉じる/人/…まわりくどい
(指文字で)/お/く/り/び/と/…そのまんまやないかい!

はて、どうしまひょ。

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2009年2月 3日 (火)

歳の数「だけ」

今日は2月3日、節分でございますね。皆様、恵方巻は食べましたか?豆まきはしましたか?ウメはどちらもする予定が無く…日本の風習を忘れ去っていつもの通りの1日になりそうです。

さて、恵方巻の話は昨日手話でしましたが、福豆について思ったことがあって、それを思い出したので書きますね。

福豆といえば、歳の数だけ豆を食べるとその年を健康で過ごせる、という言い伝えが有名で、子どもの頃は豆を多く食べたくて歳をごまかした→でもすぐバレる、なんてことも経験しましたね。でも豆は食べ過ぎるとお腹によくないので正直な数で食べましょう。

で、思ったのが歳の数だけの「だけ」の手話表現について。もしこれを手話でやるとしたら/だけ/という表現でも通じることは通じると思うのですが、正しく意味を取れば「歳の数だけ」というのは「歳の数と同じ」という意味ですから/合う/とか/同じ/数/とかやった方が意味的には通じるかな、と思うのです。

でも多くの場合は/だけ/ってやっているでしょうし、絶対的に間違い、とも言えないので、そのあたりはどう表せばいいのか、ちょっと難しいですね。

ろう者の皆さんはどの表現がすんなり理解できますか?

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2008年12月22日 (月)

/規格/

昨日、デジタル放送関連の通訳をしていたときに困った用語。

「規格」・・・工業製品・材料・工程などに対して定めた基準。
(Yahoo!辞書より)

みなさんこれ、どうやって手話で表してます?まさか/企画/ってやるわけにはいかないし、指文字でやるのもどうかと思ったので、/機能/の手話で代用したのですが、今ひとつニュアンスが違うなぁ…と思っています。

もしかしたら手話が確定されていて、ウメがそれを知らないだけなのかも知れませんが…。

仮に手話が決まってなかったり、「規格」の意味を取って表現するのであれば/機械/機能/基準/とかやりますかねぇ・・・でもこういう話の時って概して早口だったり、専門用語続出なので、こういった変換作業が追いつきませんわ。これが合っているかどうかもわかりませんし。

最近はいろんな現場にでるようになって、自分の実力の中途半端さを実感します。変な自信というか、尻込みしないところはマシかと思っているのですが、自分の手話がちゃんと相手に伝わっているのかどうか、改めて確認をしたいところです。

あと舞台に立ったり、テレビの通訳だったりすると、どうも手の動きが堅くなるらしいので、良い感じに力を抜いてリラックス、しなやかな手話でお届けできるように努力したいと思います。

ウメの手話/規格/が少しでも高くなりますよう、今後ともひびしょうじんいたします。

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2008年12月 3日 (水)

化学療法

昨日はまたしてもCS「目で聴くテレビ」のリアルタイム通訳に出かけておりました。今回の番組は「クローズアップ現代」で、テーマは「小児脳腫瘍」について。

医療がテーマの通訳ということで、難しいだろうなぁと想像はしていたのですが、案の定専門用語やらなんやらがたくさん出てきて参ってしまいました。その中で気になった単語が「化学療法」

辞書を調べてみると
病原微生物や癌細胞を化学的に合成された薬品や抗生物質を用いて殺滅・抑制しようとする治療法。

ということで、要するに薬による治療ということですよね。「化学」という手話は「理科」(試験管で実験している仕草)で表すことができて、「/化学/+/診療/」で日本語的には表すことができますが、これでは意味とはあっていませんよね。

ウメの場合は「科学」の方が先に頭に浮かんでしまって、思わず表出してしまいました・・・。全然ダメですね。その後気がついて「/薬/飲む/とか/(注射で)打つ/治療/」と表出してみたんですが、あんまり飲み薬はなさそうな感じですし、伝わったのかどうか・・・。

「強い抗がん剤など厳しい化学療法で…」と言われると、イメージはわくのですが、どう手話に翻訳するべきか、しかも同時通訳で…。

医療関係の通訳は間違いが許されない事が多いだけに、ちょっと気になりました。

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2008年10月14日 (火)

/ネグレクト/

今、問題になっている虐待のなかに「ネグレクト」ってありますよね。要するに「育児放棄」で、食べ物や着替えを与えなかったり、構ってあげなかったり、家に置き去りにしてでかけてしまったり…。

この「育児放棄」がどうして「ネグレクト」と言われるようになったのか、って考えると不思議ですよね。
特段難しい言葉ではないでしょうし、そのままでも意味は通じるわけなんですが、「育児放棄」という言葉が与えるマイナスイメージを避けたいのか、専門用語っぽく言いたいのか、よくわからないですが…。

で、それを手話で/ネグレクト/って表した場合、いきなり指文字だけでは分からないでしょうから/子ども/育てる/捨てる/(そのままですね)ってやったほうが、通じやすいと思います。一度意味を表現しておけば、あとは指文字で…って/ネグレクト/の指文字も大変ですが…。

これに限らず、新しい言葉、特にカタカナ語が出てきた場合、ただそのまま表出するのではなく、意味も表さなければいけなあ、というのは手話通訳では必須技術ですね。

逆にろう者が「育児放棄すること…ほらほら、ネレグレト」などと言い間違えていた場合、通訳としてどう読みとるのが良いでしょうか。
言葉が音としてはいらないろう者の場合、こういう間違いはよくあります。ウメ弟が「エリンギ」のことをいつまでたっても「エンリギ」と間違えるのもそうです。

でもこれで「ろう者は覚えが悪い」としてしまうのは大間違い。そんなこといったら逆のパターンだとろう者にとって手話学習者はバカだらけになってしまいます。

普通の会話なら、正しい読み方を教えてあげればいいのでしょうが、通訳中に直すのが正しいのか、間違えた言い方をそのまま読むのか、難しい問題だなぁ、と思います。
ウメなら正しく直して読んで、後で休憩や終了後にそっと伝える方法にするかなーとは思いますが、それが合っているかどうかはわかりませんし、それこそケースバイケースだなぁ、と思います。

どうでしょうか…。

いずれにしても、「ネグレクト」のようなネガティブな言葉はあまり増えてほしくないですね。言葉の問題ではなく、社会の問題なのでしょうが…。

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2008年9月26日 (金)

昼のあいさつ

聞こえる人同士でもろう者同士でもあいさつは重要。「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」は基本でございますね。業界ではいつでも「おはようございます」ですが。(前に勤めていた家電量販店業界でもいつもおはようございますでしたねぇ)

仲が良いろう者同士、もしくはろう者と手話学習者なら、朝でも昼でも夜でも「よぅ」という感じで手を挙げるのが一般的なあいさつですよね。教科書通りに/起きる/あいさつ/で「おはよう」とか/明るい/あいさつ/で「こんにちは」なんて単語をきちんとは出しません。

それが目上のろう者だったり、職場だったりする場合はどのようにあいさつをすれば良いでしょうか。

「おはようございます」の場合は/起きる/あいさつ/を簡略化した動きでそれっぽいあいさつになりますが、「こんにちは」の丁寧表現というか、そういうのはどうすればよいでしょうか。ウメの場合、団体の理事の皆様にお会いするときはだいたい「お疲れ様です」が先に出ちゃうんですけど、そういえば「こんにちは」や「こんばんは」はどうすればいいんだろうなぁ、と思ったのです。

「こんばんは」は/暗い/+あいさつの非手指動作でできそうな気もしますが、こんにちはは・・・うーん。皆さんどのようにしていますか?

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2008年9月24日 (水)

そうそう、と言いたくなり

ろう者の言葉である手話について、私たち手話学習者もいろんな意味で考えさせられることがあります。とりあえず一人でも多くの人と通じる手話を習得し、一人でも多くの人に通訳ができる手話通訳者を目指すことにはしているのですが、なかなか一朝一夕にはいきませんよね。

多くのろう者と出会ったり、手話が通じない、考え方が違うなど、いろんな場面を経験すると手話についていろいろ思うところが出てきて、それでネットや本などを調べたり、講演などを聴きにいったりして考え方を安定させる行動をとりませんか?

ウメも確固たる考え方を持っているわけではないので、時々考え方を揺さぶられて、どーなんだろうなーと思ったりすることがあります。たまにこのブログにも書いたりしますが、残念ながら(誰かを傷つけてしまうことがあるかもしれなかったりで)書けないこともあったりして、ろう者や通訳仲間とお酒(最近はもっぱら梅酒)を飲みながら語る、なんてことも時々ありますよね。手話というか、この業界についてというか。

ウメは手話やろう者についての考えを述べているメーリングリストを2つ読んでいます。一つはろう者のもの、もう一つは通訳者のものです。ある程度まとまった文章で、他人の考え方を聞くというのは参考にもなりますし、自分の考えの視野も広がって良いと思って読んでいます。もちろん、全てが同意見、ということではありません。

しかし、最近配信されたメーリングリストにそうそう!と思うものがあって、文章を見た瞬間ウメはニヤついてしまったんです。なんか自分に近い考えだぁ・・・と思って。そしたらいてもたってもいられなくなり、配信者にメールをしてしまいました。なるほど、こうやって(いや、それはおこがましいですが)ありがたいことにウメのところにも時々メールがくるのかなぁと思ってみたりしました。

そりゃー同じ業界にいるとはいえ見ず知らずの人から連絡が来たらびっくりしますよね。でも送っちゃったんです。ありがたいことにお返事もいただきました。

いろんな考え方の人がいるのは当たり前。それは理解しているつもりですが、同じ考え、似ている考えの人がいたらやっぱりうれしいですね。

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2008年8月29日 (金)

やぶさかでない

「やぶさかでない」の手話表現。

意味は・・・
やぶさ‐か【吝か】 [形動][ナリ]
1 (「…にやぶさかでない」の形で)…する努力を惜しまない。喜んで…する。「協力するに―ではない」

ということは「仕方ない」の意味は入らないんですね。ウメはどちらかと言えば消極的な意味で使っていた気がします。

手話表現はどうしましょ?

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2008年8月 5日 (火)

auのCM

ウメは見たこと無かったのですが、ろう者が出てくるCMってあったんですね。でもauが一番テレビ電話に力を入れていないような気がしますけど・・・。

女優さんは忍足さん、男優さんは有名な方だったと思うのですが、どなたでしたっけ・・・。

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2008年7月29日 (火)

/ひたひた/

はい。炒め終わりましたら具材が「ひたひた」に浸かるぐらいのお水を入れてください。

ひたひた・・・。

ひたひた・・・・・・。

中の物がやっとつかる程度であるさま。

さぁ、どうやって手話で表現すっぺかねぇ・・・。具材を丸めた左手で表現、右手で水の高さを表現する感じでござんしょか。

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2008年7月21日 (月)

最短で覚える

手話をはじめてなんだかんだで10年が経ってしまいました。長いおつきあいをさせていただいております。

ウメは国リハで2年みっちり学んだりする期間があったのですが、手話学習者の皆さんはろう者とスムーズに会話するまでにどれくらいの期間がかかったでしょうか。
もちろん、期間が短ければ良いというものではなく、それぞれにあった無理のないペースで学んでいけば良いとは思います。
そこをあえて、手話にどっぷりつかって最短で日常会話ができるくらいになるにはどれくらいかかるのかなぁと思ったのです。

一概にどう、とは言えないとは思いますが、数カ月でできたりするものなのかなぁーなんて。
さらに(言い方に語弊があるかもしれませんが)ろう者っぽく話せるようになるにはどのくらい…なんて考えてしまいました。

期間ではなく、学習方法や態度、センスの問題も関わってくるとは思いますが、一筋縄ではいきませんよねぇ。

そう考えると、ウメが10年かけて積み重ねてきたものは意外と貴重な財産だったりするのかな、と自分を誉めてみたくなりますし、逆に「手話のできるただのメガネ男子」にはなりたくないんですよね。ウメならではの(手話と関わる意味での)個性・特徴を確立させたいものです。

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2008年6月 8日 (日)

しめやかに

ニュースかワイドショーを見ていて気になった用語。

「告別式は昨日、親族など関係者が集まって”しめやかに”行われました。」

しめやかに・・・。うん、なんとなく意味は分かりますが、これを手話でやるにはどうするんだ・・・まぁ単語だけを取り出してもしょうがないので意味を考えるとしても、しめやか感を手話で表現するにはどうするか・・・。

まずは日本語の意味を調べてみましょう。Yahoo!辞書より。
しめ‐やか(形容動詞)
1 ひっそりと静かなさま。心静かに落ち着いているさま。「―に語り合う」
2 気分が沈んでもの悲しげなさま。しんみりとしたさま。「通夜が―に行われる」
3 女性の容姿・態度がしとやかなさま。

お葬式の場合は2番ですよね。これは単語ではなく非手指動作で表せばよいでしょうか。あえて単語で出すなら両手を同時に2回すぼませる動作(うまく伝えられない・・・)でやりますかねぇ。

ウメはまだお葬式の手話通訳をしたことがありませんが、なかなかいろいろ大変そうです。ただでさえ哀しいことですし、落ち着きや悲しみを表現しつつ、通訳者としてきちっと情報提供しないといけませんしね。どうしたらいいかなぁ・・・。ちょっと考えてみます。

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2008年6月 3日 (火)

本屋で手話の本を

大きな書店に行くと、手話に関する本がたくさん並んでいます。大きいところだと棚数段分にもわたって、いろんな団体・会社から発行されている手話の本が陳列されていますよね。もちろん、ウメの職場に関係しているところからのもありますし、全く関係ないところから発行されている本もあります。

何らかのきっかけで手話を勉強しようと思ったとき、本屋さんに行って関連の本を調べる、というのは思えば普通の行動パターンで、それに対応するために手話の本が並んでいるわけですよね。手話を本で学ぶ、というところに限界はあるとは思いますが、その流れがあることは仕方がないというか、ある意味で社会の流れというか、手っ取り早い方法なのかなぁと思ったりしています。

もちろん、手話サークルに通ったり、知り合いのろう者から教わったりできれば良いのですが、なかなかそうはいかない人もいますし、取りあえずの情報、という意味でも手話に関する本は(良い意味でも悪い意味でも)欠かせないのかな、と思います。

つい先日、書店で時間があったので手話の本を立ち読みしてみました。いろんな会社のもので、派手な色を使っていたり、写真が大きく載っていたり、DVDが付いていたり、(業界の)有名人を起用してみたり・・・と各社読んでもらう=買ってもらうために、いろんな工夫をしています。

手話のことを勉強しようと思って、何も知らない人が何気なく手に取る本は、その中の1つか2つ。その情報がどこまで正しいのか、いや、正しいか間違いかではなく、意味があるのか、その人にとって、手話を学ぶ人全体にとって、ろう者にとってどのくらい役に立つのか、ふと考えさせられました。

本がきっかけになることは悪いことではないと思います。時には本だけで学習を終えてしまうことがあるかもしれません。ただ、だからこそ、「売るため」の本だけではなく、学習者が後で生かせる本が増えて欲しいし、次に繋げられるようにしてほしいなぁと思うのです。

あぁ、また何が言いたいのかわからなくなってきました。またまとまったら書きたいと思います。

いやぁーそれにしても手話の本って儲かっているんでしょうかねぇ・・・。

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2008年5月 8日 (木)

手に頼りすぎない

手話と言えばその名前の通り手で話す言葉なのですが、ウメが最近思うことは「手話だからと言って手の力に頼りすぎないこと」。

もちろん、手は動かすのですが、必要以上に手の形や動きばかりにとらわれないのが大事、というか、肩が凝らない秘訣なのかなぁと思います。もちろん、判別できる必要最低限の区別は必要ですが、そればかりにこだわりすぎて表情や非手指動作が目に入らないようでは困りますし、自分が表現するときも手に力を入れすぎるとたいてい通じません。

手話を学び始めた学習者は、手話は手の動きだけではないと教わっているものの、手の動きや形にとらわれすぎて手話のリズムやテンポなど、ろう者が自然にできる大事なところが表現できないような気がするんです。そこから抜け出すことができれば、またはもともとできる人であれば、手話の習得はスムーズに行くんじゃないかなぁ・・・と思います。

ウメがたまにやるのですが、両手に荷物を持っているときにろう者に一言何かを伝えたいとき、口話(口形)だけであえて伝えることがあります。それが相手にどう思われているのかわかりませんが、ウメ的には違和感なく通じているなぁと思ってしまっています。なんだろう、うまく伝えられないのですが、口話の押しつけではなく、手に限らないろう者とのコミュニケーション方法の1つと言うか・・・。

ウメはそうやって心がけている・・・ずっと頭に入れているわけではないのですが、往々にして手話の手の形や動きがヘンだと言われますので、もっと手に神経がいかないといけないのかもしれません。そうしないと美しい手話通訳はできないのかもしれませんねぇ。でも美しくなくてもろう者が読み取りやすい手話表現、聞き取りやすい日本語が話せればそれで・・・それも含めて「美しい」って言うんでしょうね。

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2008年4月30日 (水)

/オーバー/

日本語にはしにくいけどろう者がよく使う(でも関西ではあんまり見ない)手話シリーズ!(また勝手に作ってしまいました)

(利き手をチョップみたいに振り下ろす動作の)/オーバー/

ろう者の会話の中ではよく見かけます。そのまま日本語にして「それはオーバーだね」という意味だけではなく、驚きや感嘆、まさか、ありえるのそれ、などいろんな意味が含まれているようです。もちろん会話の中での使われ方によっても違うと思いますが。

こういう手話が出てきたときは、文脈に合わせて訳すしかないわけなのですが、意味を考えて単語に置き換えようとすればするほどドツボにハマるタイプの単語ですよね。だから単語の変換にこだわってはいけないんだなぁ、と思うわけです。

聞き取り通訳の場面ではともかく、ろう者との自然な会話でこういう手話が違和感なく出せるようになれば、通訳の幅も広がるし、会話の質もあがるんだろうなぁと思いつつ、ろう者の会話で出てこないか眺めてたりするのです。

でも関西ではあんまり見ませんね。

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2008年4月27日 (日)

日本の手話はいくつ?

「日本に手話はいくつありますか?」

 

と聞かれたらみなさんはどう答えるでしょうか?「日本手話」と「日本語対応手話」という2つという区切り方をされているところもあります。その考え方については今のところ否定もできませんし肯定もできません。

というのも、手話そのものがまだ未確定というか(悪い意味ではなく)不安定な要素が多いと思うのです。あえて「いくつ?」と聞かれて答えるのなら「(通訳者は学習者をのぞいて)手話を日常言語として使う人の数だけある」と答えるような気がします。それでは意味がないのですが、手話に関われば関わるほどそう思うのです。

ウメは一手話関係者でしかないので、偉そうなことは言えませんし、当事者が違和感を感じるようなことを言うつもりはないのですが、これがウメの実感なのです。なので、できるだけ多くのバリエーションに対応できる通訳者になるべく、研鑽を重ねるしかないのかなぁ、と思っています。ウメが手話の区別や言語的な部分に口を出す立場ではないのかな・・・と。

自分が関わっている一人一人のろう者・難聴者の手話を尊重し、その人がストレスのないように会話ができ、通訳であればその人の意思表示をきっちり伝え、適度な情報提供をする・・・つまりそういうことなのですが、言うのは簡単、やるのはそんなに単純では無いんですよね。でも業界に関わった以上、やりたいと思っていますし、やらなければいけないという使命感は持っているつもりでおります。

 

こんなウメですが、どうぞよろしくお願いします(最後にはなぜかこうなる)。

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2008年4月22日 (火)

ブログのテーマ

このブログはろう者や手話関係者の方々に見ていただいているのが多いかと思います。ウメの仕事も、また所属している団体なども手話・通訳関係が多いので、ウメの生活にとって無くてはならないものになっております。

そんなブログも特にテーマを決めずにいろんなことを書いてきました。まぁ、仕事のことについては匂わせる程度で、詳しいことは書かないようにしています。守秘義務もありますし、作っている新聞を見てほしいですし、肩書きのレンズを通さない”ウメ”という人物を見て欲しいという意味もあります(でも書きたいことは山ほどあるんですのよ)。

ブログを見ていただいている方は、なんでこのブログを見てくれているのか?時々そんなことを考えます。ウメが新聞作ってる記者だから?国リハを出ているから?電化製品が好きだから?動画をやっているから?手話学習者には珍しい(一応まだ)若い男性だから?毎日更新してるからとりあえず?

色んな理由があるとは思いますが、そんな見てくださっている人の期待に応えたい、というのが、どうせブログを毎日更新している立場の管理人ウメの思いでございます。

どんなネタを書けばいいのか・・・、また立場上どこまで書いて良いのか(本当は個人のブログなので何でもいいとは思っているのですが、仕事上で得た情報はまずいですし、人権侵害などもいけませんし・・・)、そして何を書いたら喜ばれてウメも満足するのか、そんなことを考えながら毎日更新しています。(仕事も同じですけどね)

何が言いたいのかまたしてもだんだんわからなくなってきたので、要するに言いたいことをまとめますと、少し「手話」や「ろう者」に関するネタを増やしていきたいな、と思っているのです。もちろん家電製品や電車、ニュースネタを減らすというわけではないのですが、やっぱり今のウメの生活の大きな部分を占めている「手話」や「ろう者」のネタは出していった方がいいかな・・・と思うのです(何か具体案があるわけではないのですが)。

ただ、結局ウメは一手話学習者(通訳者って言ってもいいですかね)なので、その立場で思ったこと、感じたこと、疑問、感動、不満、いろんなことを踏み込んで書こうかな、と思い始めています。

そのネタで「違う!」と感じる人がいるかもしれないですし、「そんなはずじゃなかった」とがっかりする人もいるかもしれませんが、その辺はご容赦ください。反対意見やコメントも歓迎します~ちょっとした意見交換ができればいいかな、って思うのであります。それが視野を広げることにもなりますし。

長くなりましたが、そんな感じでこの春からウメダスは更新を続けていきたいと思います。が!結局元通りになりそうな予感もするので、もし手話ネタを読みたい!と思った方はツツンとウメをつついてください。○○についてどう思いますか?的な提案も歓迎いたしますよ(^^)/

(そんなことを書いておいてこの次の記事がご飯ネタだったりするのがウメダスらしさ。さぁ何が出るか・・・)

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2008年4月 9日 (水)

/あいさつ/

一昔前の手話講習会なんかではまず教えられていた「あいさつに関する表現」。

いわゆる「おはようございます」とか「こんにちは」とかの表現ってとりあえず最初に教わる印象があります。ウメは手話講習会に通ったことがないのでわからないのですが、そんな感じですか?

とあるところで話をしていたときに、そこにいたろう者が、そのあいさつをする時に指を曲げて表現する/あいさつ/をやるのはどうも・・・と言っていました。ろう者同士なら初めての人ならともかく、わざわざ指を曲げて「こんにちは」とかやらない、と。確かにその通り。

例えば講演会などの格式張ったところではあえて/あいさつ/を表現するところもあるかもしれませんが、通常の会話ではわざわざしませんよねぇ。でもなんで教えてるんでしょうか・・・。する人がいるからでしょうか・・・。しかも「人と人がお辞儀をしている様子」なんて意味まで付いちゃってたりするんでしょうねぇ。

そのろう者とも話をしましたが、/あいさつ/の表現を使うときは、「あの人に一言言っておいた方が良い?」とかそういう時にしか使わないような・・・他に使いみち、ありますっけ?

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2008年4月 8日 (火)

/中/

ろう者がよく使う手話表現だけど、うまく日本語に訳せないことが多いシリーズ(笑)

(名詞などの後に)/中/

例えば/トイレ/中/と表現された場合、そのまま「トイレ中だよ」と訳してしまうようではダメでございますね。まぁ、意味がわからないわけではないのですが、それでは通訳とは言えません。その場合は「お手洗いにいってるよ」くらいの日本語が必要ですよね。

まぁ上の例はまだわかりやすい方ですが、なかなか難しいパターンもあります。待ち合わせの場面で、来ていない人の事をさして/バス/中/という表現だと、「今バスでこっちに向かっている」という表現になったりするそうです。って伝聞推定ではだめですね。

逆に音声を聞き取り通訳しているときなどで「探しています」というのを(場面にもよるとは思いますが)/探す/中/とできないと、ろう者に伝わらないことがあると思います。/探す/いる/という表現では「どっちなのよ!」となりかねませんからね。/探す/ある/でもいいのかなぁ・・・ダメでしょうねぇ。

この/中/の役割について、何種類くらいあるか、誰か調べてくれませんかねぇ。国リハの後輩の卒業研究かなんかにいかが?(笑)

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2008年4月 7日 (月)

パソコン語の指文字

偉大なる友人Uさん(ろう者)に相談がある、と言われ、お?恋愛の達人ウメ子に恋の相談だな!と期待していたら、なんとパソコン関係の相談で、複合機やらサーバーやらを買いたいとのことでした。

(ちなみに最近、自分のことをウメではなく、ウメ子と呼ぶのが流行っています。なんとなくイメージに合うんですよね。ウメ子って・・・。)

それで今日先ほどまで会って話してきたのですが、いやーこういうパソコン関係は改めて横文字のオンパレードだと言うことに気づかされました。プリンターやサーバーならまだマシですが、ドキュメントスキャナー、ネットワークハードディスク、NAS、ADF(オートドキュメントフィーダ)、スイッチングハブ・・・これらを説明するのもコリャ大変ですが、指文字でそのまま表現するのも大変でございますよ。

でも説明するにはやらないといけないわけで、なんとか手(指)を動かそうとするのですが、なかなかうまいこといかないです。Uさんとは一応良くしゃべって通じるので、最初の何文字かだけやってあとは口形でごまかす・・・なんて事もやってしまいました。それに多少専門的な話とはいえ、うまく説明できないのがもどかしいもどかしい。「NAS」って何?って聞かれてうまく説明できず、パッケージの後ろを指さして「こんなん」って言ったら、「販売員失格だぁ~」と怒られました。

だってー難しいしー仕事じゃないしー(笑)言い訳大魔王でございます。

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2008年4月 2日 (水)

/聞こえる人/と/聾/

(声を出さないで)手話をするときに「聞こえる人」(健聴者・聴者)と表現するとき、立てた人差し指を耳と口のところで前後させる動きをしますよね。

話は脱線して、さらに前にもした話なのですが、ウメは聞こえる人のことを「健聴者」っていうのも「聴者」っていうのも、どこか腑に落ちない面があるんです。具体的に何が、っていわれると困っちゃうんですけど、どちらも自分のことをさしているわけなんですが、なんか違うなぁ・・・と思ってしまうのです。

なので、読み取り通訳をしている場合には「聞こえる人」ってしゃべるようにしています。というか無意識的にそうなってしまうことが多いのです。文脈に合っていれば問題はないのですが、時にはおかしいこともあるので、その辺はTPOに応じた言い回しを使い分けられるようにならないといけないなぁと思う訳なのですが・・・。

んで、話は/聞こえる人/の手話に戻りまして、そのときの口の動きってどうするのが一番自然でしょうか。手話学習者や、講師なんかで丁寧な方だと「ケンチョウ」とか「ケンチョウシャ」とやる人もいますが、ウメが見た範囲では「アーアー」という口の形をしていると思います。あとは口を開けるか開けないかくらいにしておくか。

それと違って/聾/ってやるときは口は開きませんよね。たぶん。口を開きながら/聾/ってやるとなんかものすごく違和感があります。おそらく口の形も含めての手話文法なんだと思いますが、こういうのって習うんじゃなくて、ろう者の自然な会話を見て盗む、というか真似るというか、そうするしかないんですかね。

という意味では、手話を勉強するのってなんか伝統工芸の修行をするのと似ているなぁ、と話が飛躍するウメなのであります。「教わるもんじゃねぇ!盗むんだバッキャロー!」ってな感じでしょうか。でもそれじゃあ手話学習者が減っちゃいそうなので、その辺はうまーく、うまーくバランスを取って学べる環境を作れれば良いのかなぁと思うのでありました。

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2008年3月25日 (火)

/完熟/

手話で表現しようとして困っちゃったよシリーズ(完全なる思いつき)

「完熟」 意味:果実や種子が十分にうれること。

「完熟」もそうですが、「果物が熟す」という意味を表現したいときはどうしましょうか???

ウメは、自分の方に向けた左手の手のひらに右手の甲を合わせる形の/満足/に近い感じで、あとは「んーっ」って感じの(どんなんやねん)雰囲気も付け加えて/完熟/ってやりましたけど、完全なる創作手話ですね(^_^;)

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2008年3月24日 (月)

非手指動作をまとめて

以前通っていた国リハで教わっていたいわゆる「日本手話」の大事な要素である「非手指動作」(NMS)。2年間たっぷり学んだのですが、自分でも今ひとつ身についていないのを感じておりまして、改めて難しさを感じているところでございます。

良く「どんなの?」って聞かれて説明したりするのですが、眉の動きとかうなずきとか・・・となんとなくしっくり来ない方法でしか説明できません。例えば同じ表現の手話でも非手指動作の違いによってその意味が異なってきたりする、というのは散々教わりましたし、なんとなくわかっているつもりなのですが、じゃあどう違うのかが具体的に説明できないのでございます。こりゃ卒業生失格ですな。ま、ウメが具体的に説明する必要もないんですけど。

それぞれろう者によっても微妙に違う意味を持たせている場合もあるでしょうし、時と場合によっても持つ意味が違う場合もでてくるでしょう。まぁ、手話のことをこうやって日本語で説明しようっつーのが間違っているのかもしれませんが、ぼやーんとしたものをはっきりできないんですよね。やれって言われたらできるようなできないような・・・あぁ、また何が言いたいのか分からない病がでてしまいました。

正直聞き取り通訳するときにそこまで表現できているのかわからないですし、通訳の場ではなくてもろう者と手話で話している時にでもウメができているのか、合っているのか間違っているのかわかりません。どれだけエラーをはき出しているのか、不安でございます。そういえば、国リハ時代は逐一指摘されていましたなぁ・・・あんな機会はもうそうそうないんでしょうなぁ・・・。

どこかに「非手指動作」をまとめた本とかDVDとかありませんかねぇ。まとめただけじゃなくてわかりやすく事例なんかも加えて解説してくれたりなんかしたらステキでございます。まだまだ未知の部分も多いとは思うのですが・・・。

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2008年3月19日 (水)

2回繰り返す

ろう者の会話のなかでよく見られる光景、というか、手話での話し方で特徴的なものは、大事なことを2回繰り返して言うということですね。大事なことに限らず、話の掛け合いに応じて単語などが繰り返されることが多いですよね。音声言語では、よっぽど強調したり、話の中で聞き返されたりしない限りは繰り返すことはありません。逆に繰り返すとくどく感じます。それが手話になるとくどく感じないのはやはり言葉が違うということですね。

音声言語を聞き取って通訳する場合、こういった2回繰り返したりする手話独特の話し方ができなくなりますよね。どんなにうまい手話通訳だったとしても、音声言語の通訳である限りは独特のリズムが再現するのは非常に難しいですよね。逆にそこまで出来たら完璧な通訳だと思いますが・・・。

2回繰り返すだけではなく、日本語では表現できない手話のリズム・話し方・特徴、その辺りを私たち手話学習者はどのようにして学ぶか、というのが大事だと思います。手話の単語を一つ一つ覚えることはそんなに重要じゃないのかな、ろう者をみてその話し方を身につける、まねする、やってみる、というのが良いんじゃないかなぁと思うわけです。親がろう者のコーダはその辺りが自然に身についているので、そんじょそこらの手話学習者が真似できない「うまさ」を持っているんじゃないかと思うわけです。

ウメも単語1つ1つではなく、その辺の自然さを身につけられるために、いやそんな深いところまで考えずにろう者としゃべってきたつもりです。そのせいか、手の形や新しい単語に弱くなってしまいましたが、それは・・・なんとかします。

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2008年3月17日 (月)

手話をしている人の間

ウメはよくやっていることなのですが、良いことなのかどうかを皆さんにお聞きしたいと思います。

ろう者や通訳者が手話で話している間を通り抜けるっていうのは良いことなんでしょうか。もちろん、2人の間に多少の隙間があって(そんなにぴったりくっついてしゅわしませんけどね)、2人の後ろに通り抜けられるだけの隙間がない、もしくは避けて通るときはかなり大回りしないといけない時です。

こういうとき、ウメは頭を下げて手を挙げながら2人の間をさっとすり抜けます。だって通りたいんだもん。でも、もしかしたらこういう場合は声をかけてどちらかをどかして通らせてもらった方が良いのか、いや、それだと話を遮ってしまうから、なるべく視界を遮らないようにして2人の間を通ってしまった方が良いのではないか!?ということで、間を通っております。

幸い?これまでその方法でしかられたことがないので、やっちゃってますが、実はマナー違反だったりしたりしますか?職場の人に「ウメはいつも話している間を通る・・・」とかで悪く思われていたりして・・・。

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2008年2月19日 (火)

脇はしめない?

カメラで写真撮影をするときに大事なことは、手ぶれ防止のために脇を締めること、ですよね。

さて、それとは逆に手話をするときは脇を締めないで大きく手話をすることは手話学習者にとって大事だと思いますが、いかがですか?ろう者の皆さんにとっては「何をわざわざそんなことを・・・」なんて思うかもしれませんが、脇のしまっている手話学習者が多いこと多いこと。

かく言うウメも、手話動画を撮影しているときや、普通に話をしているときには脇がしまっちゃってます。いや、締めているわけではないのですが、なんというか、自然じゃないなぁと後で思います。特に手話動画は後で振り返ることができるので(あまり振り返っておりませんが)自分のクセがつかみやすいですよね。

手話学習者の多くは、手の先にだけ神経がいって余計な力が入るので脇がしまっちゃうんだと思います。手話って手の先だけでやるものじゃなくて、腕とか、肩とか、上半身の広い範囲を使いますよね、それが自然になかなかできないのでございますよ。

ウメも気がつくと手話の大きさが小さくなってしまって、これって見やすいのかなぁ、見にくいだろうなぁ・・・と思います。気をつけているつもりではいるんですけどね。ほどよく脇を開いて大きくゆったりとした美しい、読みやすい手話をしたいものです。

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2008年2月15日 (金)

ケンゾーさんの手話

ウメダスからもリンクしているかごしま聾《手話》世界。に、久しぶりにケンゾーさんの手話がアップされました!ずいぶんご無沙汰でございました。しかも動画の形式が@Niftyビデオ共有になっておりました。この方式もちょくちょく広まっていますね。

ケンゾーさんの手話は相変わらずなめらか・・・素晴らしいですね。これだけで芸術と思ってしまいますが、これぞまさしくろう者の手話!って感じです。

その他にも静岡県聴覚障害者情報センター手話動画ブログの月曜男さんや西讃ろうあ協会手話コラムなど、ろう者の手話ブログも更新されています。もっともっと広まってほしいものです。

そういえば師匠であるK先生のブログでも動画が久しぶりに掲載されるようになりました。これから手話動画ブログがもっともっと広まって、ウメダスなんて下手くそな手話見たくない・・・って言われるくらい・・・イヤそれはイヤだなぁ・・・まぁとにかく広まって欲しいものです。

手話学習者の皆さんも、ネットでろう者の手話を見て興味を持ったら、地域のろう者に思い切って話しかけてみてくださいね。

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2008年2月10日 (日)

満杯の全体会

満杯の全体会
全通研みえ集会、分科会も無事終わりまして、現在全体集会中です。

分科会では、ウメは結局一言もしゃべらないまま終わってしまいました。テーマ選択を間違えたのか、発言できるような話題にはならなかったのですが、それでも色々と勉強させてもらいました。たまに睡眠学習でしたが…(ああいう会ってなんで眠たくなるんでしょうね)

今回は全体集会の会場が手狭で、人が一杯で立見もでるくらいの盛況ぶり…というよりもやっぱり部屋の収容人数が絶対的に足りていない感じです。
熱気がムンムンしておりまして、モワっとして気分が悪くなりそうです。部屋の端っこで大人しくしています。

それにしても、毎年の全通研の冬集会は活気がありますよね。講演を聞いたりするのとはまた違って、意見が飛び交うのが特徴です。
レポートをもとにした議論や、各地域の情報交換など、参加された方は有意義な時間を過ごしたと思います。

ウメは京通研の新しい本の販売にもまわり、それはそれで楽しみました。体調も崩れる事なく、なんとか無事に終えました〜。ほっ。

が。実は三重はこれで終わりではなく、ウメは実はもう一泊するのでございます。デートではありません。お見合いでもありません。ある意味修業と言えばいいでしょうか。
また日を改めてご報告します。

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法則を手話で

数年前に流行った「マーフィーの法則」ってありましたよねぇ。社会生活の中であるある的な哀しい法則を挙げてヒットしたと思うのですが、今でもインターネットで調べたら色々出てきます。

日本語で見ればそこに書かれた表現から、その法則が持つおもしろさを理解することが出来ますが、例えばこれをマーフィーの法則がどんなものかを知らないろう者に手話で伝えるとき、その字面をそのまま手話に翻訳しても伝わらないかも・・・と思うことがあったのです。

生活様式の違いなど、いろいろな面があるとは思いますが、短い文の裏側にある法則の面白い部分をどう説明するか・・・ちょっと考えてみると翻訳の勉強になるかもしれません。下に法則の一例を挙げておきますので、「あるある」とお楽しみいただいた後は、どう通約するか考えてみてくださいね。

<一般論>
・99%の確率で成功する場合、残りの1%の確率はやけに高い
・自分が狙っているものは、他人も狙っている。
・「~にそっくり」って言われる女の子は可愛くない。
・複雑な計算問題の答えは、0か1である。
・アメリカ映画は、いつも全米No.1である。
・理系は、100行を1行にする。文系は1行を100行にする。
・見たくないものこそ、目に入る。
・自分の悪いしぐさは、鏡に映らない。
・言い訳をすると怒られる。言い訳をしないと怒られる。
・「わかったような、わからないような…」と言ってる人はやはりわかってない.
・暇があればお金がない。お金があれば暇がない。
・危機的状況とは「すべてを無かったことにしよう。」とは言えないときである。
・忠告の善し悪しが判断できる人は、忠告を必要としていない。
・機械は動かないことを誰かにみせようとすると動く。

エレベーター
・長時間待っていると2台まとめてやってくる。
・すぐに来たと思ったら各階に止まる。

<運命論>
・先に行っても誰もついてこない。
・チャンスは誰にでもやってくる。それをつかめるかどうかが問題である。
・自分が思ってるほど、他人からは不幸に見えない。
・不幸が起きてからその予兆に気づく。
・みんなが見ている前では奇跡は起こらない。
・自分がうまくいってる時、他人はもっとうまくいっている。
・人生最大の運はどうでも良い局面で行使される。
・学歴・資格・給料 は無能な人間が一番ほしがる。
・「お互い様」を強調するのは、常にわがままを通そうとする方の人間である。

<社会学>
・無理をするなと言う人ほど、無理をさせている。
・不要だと思って捨てたプリントは、すぐに必要になる。
・必要だと思って取っておいたプリントは、必要にならない。
・電話をかけ始めると共に、話す内容を忘れ始める。
・ものを知らない人間ほど、難解な言葉に頼る。
・修正液が乾いたかどうかは、上書きしたときにわかる。
・乾く頃には修正内容を忘れている。
・「順調」というのは「間違いに気づいていない」という事である。
・うまくいってるのかどうかわかってないときは、うまくいっていない。
・店長候補募集で募集している仕事は店員である。
・完成にかかった時間がスケジュールであり、完成にかかった費用が予算である。
・会社を辞めたいとき、世の中は不況である。
・どんなに素晴らしい仕事を上司に示しても、上司はその結果に手を加えようとする。
・何かあった場合に、自分と同じ窮地に立たされる人を信頼せよ。

部下・上司
・賢いと感じる部下がいる場合、彼はあなたよりもはるかに賢い。
・馬鹿だと感じる部下は、そう思うあなたより賢い。

・「君だけに話しておくが」は、みんな知っている。
・上司に「ちゃん」付けで呼ばれた場合、とんでもないことを頼まれる。

<経済学>
・どんなことでも思っているよりお金がかかる。
・「品切れ御免」は、品切れしている。
・「半額大処分」は、半額のものである。
・「円高還元」は、輸入品とは関係ない。
・「最終処分」は、最終ではない。
・「在庫一掃」は、まだまだ売れ残っている。
・「目玉商品」は、使い物にならない。
・「一流メーカー」は、二流である。
・「色・柄が異なることがあります。」は、変な色や柄のものしか売ってない。

・時給800円以上とあれば、800円である。
・誰かが得をするためには、誰かが損をしなくてはならない。
・誰かが損をしたからと言って、誰かが得をしたとは限らない。
・宣伝カーは何もして無くても「ご声援ありがとうございます」と言う。

<心理学>
・「かわいそう」と口に出して言う人は、そう思ってない。
・話したくないと思った人ほど、話しかけてくる。
・おもしろい夢の話はしゃべってる本人にしかおもしろくない。
・「眠りに落ちる気持ちよさ」は「眠ってはいけない度」に比例する。
・他人を待たせるより、他人を待つ方が長く感じる。
・苦しい時の神頼みはみんなするが、うれしい時に神に感謝するのはみんな忘れている。
・空腹は認識したとたん、加速度的に激しくなる。

<恋愛論>
・あなたにやさしい相手は誰にでもやさしい。
・「とても良いコだよ。」と紹介された場合、その女の子は美人ではない。
・女の子が別の子を「かわいい・美人」という場合その意見が男性の支持を得ることは無い。
・「いい人だから」と紹介される事はとりえが全く無いことを示す。
・「~と言いたい」と言ったとき、あなたはすでに言っている。
・「怒るぞ」と言ったとき、あなたはすでに怒っている。

・追うと逃げる。
・逃げても、追われない。
・どうでも良くなると寄ってくる。

・町中でかわいい女の子が笑顔で走ってきたら、自分の後ろにかっこいい男がいる。
・あるいは宗教の勧誘である。

<コンピューター学>
・時々発生する故障の確率は、修理屋が来た時が最も低く、帰った直後が最も高い。
・変換ミスは印刷中に見つかる。
・非力なマシンほど効率的に使われる。
・あまりに非力なら使われない。
・急いで終わらせようとすると不調になる。
・パソコンはたたいても直らない。
・家電はたたかないと直らない。
・いずれもたたきすぎると壊れる。
・忙しい時は単純なゲームでも面白い。

ユーザーサポート
・いつも話し中である。
・10回かけ直して反復動作的に受話器を置くと、最後に呼び出し音がなっていたことに気づく。
・さらに10回かけ直してつながっと思ったら、
 「本日のサービスは終了しました」というテープ音が流れる。

<アカデミズム>
宿題
・全然やっていないと指される。
・全部やってあると前の人で終わり。
・途中までやってあるとやってないところが当たる。

・テストの見直しで自分の答えに疑問を持ったとき、
 それを書き直しても書き直さなくても不正解となる。
・教師とは板書を邪魔するように移動する生物である。
・普段出席を取らない教授の授業を休むと、その時に限って出席を取っている。
・「一限目は休講」。ただしそれを知るのは当日の朝である。
・「全然だめだった」という人はそれほどだめではない。
・解らないことがあるという人は解っている。
・本当に解ってない人は、解っていないことさえ解ってない。
・「自明である」というのは本人もよく分かっていないという事である。

<マスメディア>
・録画予約したテレビ番組の前の野球中継は必ず時間が延びる。
・ニュースの悲惨さとその直後のCMのばからしさは比例する。
・CMの前に「まだまだ続くよ」と出たら、もうすぐ終わりである。

ドラマ学
・感動的なシーンに限って臨時ニュースが入る。
・長いシリーズほど最終回はあっけない。
・長いシリーズほど最終回を見逃す。
・最終回を見逃した番組は再放送でも最終回を見逃す。

殺人事件ドラマ学
・美人は殺される。
・殺されないときは犯人である。
・その際、最後に犯罪を告白して自殺する。
・事件現場には必ず関係の無いものが落ちている。
・そこに落ちているものには一番怪しい人物のイニシャルが彫られている。
・その怪しい人物は犯人では無い。
・番組の途中で死ぬ人は必ず遺書を残す。
・それを発見した人物は必ず声を上げて読む。
・主人公は、事件とは関係ないことをしているときほど、トリックを見つける率が高い。

<医学>
・「ダイエットしなきゃ」と言う女性はそれほど太っていない。
・医者は修理できなくてもお金を取る。

<移動理論>
・駐車違反やスピード違反で捕まったときに、運が悪いとしか考えない。
・曲がるべき角は、今通り過ぎた角である。
・時間短縮でした近道は遠回りになる。
・出発前の準備は、いくら時間があっても、出発30秒前に色々やらなければならないことが出てくる。
・降りたくない駅で何度も降ろされ、降りたい駅では降ろされない。
・タクシーが目的地に着く寸前に料金が上がる。
・正面から自転車が来て避けたとき、相手も同じ方向に避ける。
・座席の隣でかわいい女の子がコックリコックリしている時、
 もたれかかるのは反対側である。
・おじさんだとこっち側である。

<料理学>
・一生懸命作った料理よりも、手抜き料理の方がおいしい。
・冷蔵庫の中の物は新しい物から消費される。
・古い物はいつまでも残っている。
・冷蔵庫の中で忘れたおかずは2日目も忘れる。
・2日忘れた物は3日目も忘れる。
・食べる勇気も、捨てる勇気も無くなる。
・焼き肉屋のバーナーの火力は、食欲に反比例する。
・「当店おすすめメニュー」はおいしい料理という意味ではなく、
 その日に一番多く仕入れた材料で作られた料理だという意味である。

<ギャンブル>
競馬
・馬券を買わずに予想したときに限って当たる。
・どんな不可解な結果に終わったレースにも、必ず理路整然とした解説が用意されている。
・もし、出走する馬の中に豚が交じっていても、その豚の「馬券」を買うやつはいる。
・金の無いときは負ける。

パチンコ
・もうそろそろ出るだろうと思ってやっても最後まででない。
・はじめの1000円で当たると、次の当たりまで10000円は使う。
・勝った金額は覚えているが、負けた金額はすぐ忘れる。
・財布に1000円残すくらいなら、その1000円に夢をかける。
・お金が無くなって、初めて負けたことに気づく。
・自分の座った隣の台はよく出る。
・出ないからといって、移ると、次に座った人が出す。
・時間の無いときに限ってよく当たり、時間があるときは全然当たらない。
・やらなければ決して損はしない。
・勝ってすぐやめられるなら、はじめから来てはいない。
・いつも、あと一回当たったらやめようと思ってやっている。
・しかし、その一回がなかなか来ない。

・勝った金額を記録し始めると負ける。
・久しぶりにやったギャンブルは大勝ちする。
・大負けした次の日のギャンブルは、必ず負ける。
・もうやらないと誓っても、3日もたない。
・かなり勝ったと思っていても、たいして勝っていない。
・勝った話はするが、負けた話はしない。
・神の存在を信じたくなることがある。
・当たりが出た宝くじ売り場では、買う人が増えるので、また当たりが出やすくなる。
・生活のかかったギャンブルは必ず負ける。
・すべてわかっている。

<気象学>
・目的地に着いたときに、もっとも強く雨が降る。
・天気予報は肝心な時に悪い方にはずれる。
・雨を降らせない最良のおまじないは、傘を携帯することである。
・雨を降らせる最良のおまじないは、洗車をすることである。
・必ず一度、間違えて時報にかけてしまう。

<日常生活論>
・探し物は最初に探す場所に必ずあるが、最初に探したときには見つけられない。
・寝ているときにかかってくる電話は間違え電話である。
・もう一度寝ようとすると、もう一度同じ相手からかかってくる。
・受話器にふれようとすると切れる。
・放っておくと、鳴り続ける。
・電話で1時間おしゃべりすると、現実では2時間が経っている。
・朝6時にセットすると、夜6時になる。
・エアコンの温度調節にちょうどいい加減は存在しない。
・たいして忙しくない人ほど、待ち合わせに遅れる。
・商品購入の勧誘において、あなたは必ず「選ばれた人」である。
・頭を動かすなといわれると、鼻がかゆくなる。
・70%~90%OFFで売られている商品に正当な原価は存在しない。
・自分の部屋で拾ったお金は、元々自分の物であり、儲けたわけではない。
・記念に残しておきたい記念品は無い。
・消耗品をまとめて購入するとなかなか消費されない。
・子供が購入をねだるのは必ず、クラスの「みんなが持っている」ものである。
・この「みんな」が2~3人を意味しているなら、その子は普通の子供である。
・この「みんな」が本当に「全員」を意味しているなら、その子は驚異的忍耐力の持ち主である。

<問題学>
・解決できれば、本当の問題ではない。
・計画通りに行くものはない。
・いくつかの行動の中からどれかを選ばなければならないという重大局面を迎えたとき、ほとんどの人は最悪の行動を選ぶ。

<囲碁>(C)1995 H.Takahashi
・隣の盤をみる相手の顔に「投了しろ」と書いてあったら形勢は悪い。
・自分の石には常に凌ぎ筋があり、相手の石には常に凌ぎ筋がない。
・囲うと地がなくなる。
・上手が読んでいる以外の場所に打つ時に勇気がいるのは下手である証拠。
・下手は囲みたがり上手は攻めたがる。
・20目差は細かい、50目差は挽回出来る、という事に最低一人の賛成者がいる。
・第一感の着手を打たずに不利になった時、後悔の度合いが大きくなる。
・痛いと口からもれるときは痛くない。
・鼻歌がでるときは勝っている。少なくとも本人はそう思っている。
・鼻歌が止む時は事件が起きたと自覚した時である。
・先手で打って欲しくない所は打たれる。

<その他>
不動産屋の法則
・「徒歩10分」は20分である。
・「閑静な住宅地」はさびれてて近くにお店も無い。
・「公園隣接」は公園に歩いていけなくもない。
・「南面」は南に少しでも向いている。

・靴ひもがほどけた場合、どんなにきつく結んでも次にほどけるのは同じ足のひもである。
・世界征服をねらう悪者は、幼稚園の送迎バスを狙う。(ほげほげレンジャー)
・凶暴な怪獣ほど中に入ってる人間の形が分かる。
・「あなたは頑固だ。」という人間は頑固である。
・ノーコメントは肯定である。

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2008年2月 8日 (金)

病み上がりの手話

数日間誰とも手話をしないでベッドにずっと横になっていると、さぞかし手話力が落ちているんじゃないかと心配しましたが、なんとなく同じような感じなのでホッとしました。でも込み入った話などをするとやっぱり手が動かないなっていうのがわかります。

手話に限らず、言語ってどれくらい使わないと落ちていくんでしょうかねぇ。本当なら毎日本場の人と話すくらいじゃないといけないのでしょうが、それは出来ないとしても、上向きを保ち続けるにはどうすればいいか・・・いや、せめて落ちない程度にするにはどのくらいまでなら間隔を開けられるか。

ウメ的には週一回ではダメなような気がするんです。それは覚える単語の数とかそういうことじゃなくて、手話っぽい手話をするにはそれではダメで、最低でも3日に1回は手話をすることが必要なのかなぁと思うのです。まじめに勉強!ではなくて、独り言でもテレビの真似でもなんでもいいから。

ウメもクセが身についてしまったのか、扁桃炎が少しマシになったときにテレビのニュースのナレーター部分だけ手話したりしていました。なんだろう、ふとやらなきゃって思ったのです。できていたかどうかなんて関係ありません。手を動かす、そのこと自体が大事なのかな、と思いまして。そんなことを考えるヒマがあったら少しでも寝ていろという感じでしょうが・・・。

手話の場合は、肩とか手を使うので、ずっと寝ていて久しぶりに手話をする場合は違和感があるのかもしれませんね。いやーそれにしても健康で手話が出来るというのは幸せです。ありがとうございます。健康に感謝。

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2008年1月22日 (火)

手話を教わるとき

講習会などで手話を教わるとき、マンツーマンなんてことはなくてだいたいは講師1~2人に対して生徒が10人くらいのパターンが多いですよね。それでも少人数で進んでいくことが多いですが、結局のところ先生一人に対して何人くらいまでがきちんと教えることができる限界なんでしょうか。どこかの英会話学校みたいにマンツーマンの教師が教えます!みたいな手話教室がでたら流行りますか・・・。

さて、複数の生徒になるので、当然先生が一人の生徒とやりとりをしているときは、他の生徒はヒマになります。ヒマというか、そのやりとりを見ていればいいのですが、まぁヒマですよね。でもそんなときが吸収→実力アップのチャンス・・・なのかもしれません。うん、そうかも。ウメは授業の時に自分が触れられてないとバッチリ寝ているときが多かったと思いますが・・・。

で、生徒がたくさんいれば授業の復習などで、自分が知っている手話とかが出てきたりすると「それ知ってる」とか「もうそれはやった」的な態度を取る人もいるでしょう。ウメはそんな見下した感じはしませんでしたが、知っていることをやっているとつい質問などに答えたくなってしまうのです。おとなしくしていればいいんですけどね~。地域の手話講習会では、生徒の習熟度にも差がありそうなので、これが顕著なのかもしれません。

教える方にも技術が必要だったりして大変だと思いますが、教わる方は教わる方でみんなで成長できるような態度でいなければいけません。自分だけがうまくなろうとか思ってしまってはダメだと思います。手話を学ぼうという人は周りの人の事も考えて、協調性も身につけて手話をうまくならなきゃいませんね。

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2008年1月16日 (水)

なんで入ったんだっけ

最近ですね、なぜに国リハに入ったのかについて改めて聞かれる場面が多くて、ふと考えてみたのですが、やはり手話を専門的に学べる環境にどっぷりつかりたかったから、なのかなぁと思います。週1~2回の講習会で満足できるレベルではなかったので、仕事を辞めて入っちゃいました。

手話の専門学校や、手話を扱う大学ってチラチラと増えてきているような気がしますが、あそこまでどっぷりと浸かれるのは良くも悪くも国リハだけなのかなぁと思います。つかるだけならともかく、溺れることだって簡単にできますし。

そもそも、このブログを始めた頃はまだそこの学生だった訳なのですが、初期の記事には学んだことなどについても書いてありますよね。社会に改めて出てきた今、業界関係で働いているとはいえ、手話について考える時間って少なくなったなぁと思うのです。

国リハに入る前からどんな雰囲気を持っていたかは知っていたつもりですし、それも承知で入ったので、後悔は全然していません。多かれ少なかれレッテル、というか、「国リハ卒業生」の看板は背負っていると思います。でも自分としては、「私を見てっ!私を!」という気持ちで、「ま、あそこは卒業しましたし、後悔もしてないけど、今目の前に行動しているウメがいるんだから、その辺を重視して接してね!」という感じです。うまく説明できないなぁ。

ちなみに、そこを卒業したというと「すごい」と言われることがありますが、すごいことではありません。熱意があって、少々のお金と、2年間手話にどっぷりつかる時間があれば皆様ができることです。貴重な経験をしたとは思いますが、偉ぶることではないと思っています。

で、入る前からそれなりに手話はできていたのですが、やはり入ったことで専門的な勉強ができ、レベルアップの下地も作れたような気がします。本格的に手話の世界に「よーし、入ってやろうじゃないか!」という覚悟ができたというか。セコい言い方をすれば「せっかく若い2年間と少々?のお金を費やしたんだから、良くも悪くも元を取らないと!」との思いで、今はセコセコ働き、活動しているわけでございます。

それにしても、某家電量販店を辞めて、国リハに入ろうと思っていたときの心境、どんなんだったっけなぁ。人生の一大決心だったような気はするのですが、あまり印象に残ってない・・・。

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2007年11月 5日 (月)

情けない?

手話で「情けない」という気持ちを表現するときにはどうすれば良いでしょうか?

最近、ろう者と手話で話しているときなど、「情けない」と思う時があって、それを表現したいのですが、「はて、どうやって表現するべか?」と気になりました。/情けない/という手話単語があるかどうかはちょっと把握していないのですが(それでいいのか、ウメダス!)、それ以外で表現する方法・・・どうすればいいでしょう。

「情けない」の意味を調べようと思って、Yahoo!辞書に入力したら、国語事典には載っていませんでした。これは意外。説明してくれないのかしら。

そういえば、「情けない」の言葉の概念はだいたいわかるのですが、さてそれを別の言葉で他人に説明しようとすると難しいですよね。言葉一つとってもいろんな意味がありますし、そのときの気持ちによって伝えたいことが微妙に変わってきますしね。

話は手話に戻って、自分のことを「情けないなぁ」と思うときはウメは/私/バツ/+ダメそうなNMSで表現するかなぁと思うのですが、それって合ってますでしょうか。っていうか、合っているかどうかを聞くことすら愚問なのかもしれませんが・・・。これが自分のことだけではなく、例えば自分がいる場の状況が情けないとき(うまい例えが思いつかないです・・・)は先ほどの表現じゃダメですしねぇ。

ろう者のみなさんはどうやって表現するでしょうか。

と、ココまで書いて、インターネットの「慣用句辞典」に「情けない」の意味が載っていました。

1.情愛や思い遣りがない。 類:●薄情である●すげない 用例:伊勢-六三「子三人を呼びて語りけり、二人の子は、なさけなくいらへて止みぬ」 
2.情緒や風情が欠けている。興醒めである。 用例:源氏-夕顔「すき給はざらんもなさけなくさうざうしかるべしかし」 
3.情け容赦なく、残酷である。酷い。 用例:史記抄-八「呉楚七国は亜夫か巧て平らけられたか、なさけなう罪人にして殺されたぞと論したぞ」 
4.興醒めがする様子。嘆かわしい。惨めである。 例:「情けない世の中」「連敗とは情けない」 用例:滑・浮世床-初「ア情(ナサケ)ない実に嘆息するのみだ」

ウメが表現したいのは4番の意味ですかね。そうそう、応援している野球チームが連敗して「4連敗とは情けない・・・」と言いたいときなんか、どうしましょう???

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2007年10月28日 (日)

ニンニクの

今週末は京都で集会の取材の仕事をしています。近場なので家から通っています。で、静岡から来たグループとひょんなことで出会い、一緒にお昼ご飯を食べました。

パスタを食べながらウメの身の上話になり、通訳士にやっとこさ受かったことを話すと…。

「士を持っているなら知っているだろうけど、ニンニクってどうやる?」

と、ろう者に聞かれ、そういえば/ニンニク/っていう単語しらないなぁーと固まってしまいました。今までは指文字で表現することが多くて頭に入っていなかったのかもしれません。

/玉ねぎ/もつい最近まで知らなかったので、もしかしたらウメは野菜の手話に弱いのかも。/ブロッコリー/と/カリフラワー/の違いなんでどう表すのかわかりませんしf^_^;

ここは野菜にも強い通訳を目指すべく、まずは野菜を食べて…ってことはしませんが、お勉強したいと思います。

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2007年10月 3日 (水)

思い出せない大学名

京都に来てから1年半がたち、だいぶ関西系の手話に慣れてきたような気がしますが、未だに慣れないのが地名をはじめとする固有名詞の手話です。こればかりは見て覚えるしかないのですが、なかなか覚えられません。それでも京都の有名な地名はなんとか表現&読み取りが出来るようになってきましたし、人の名前も覚えられるようになってきました。鉄道会社の名前も覚えましたしねぇ~。

でもなかなか覚えられないのが大学名の手話なんですよ。と、言うのも京都には有名な私立大学が2つありますよね。立命館と同志社。この手話表現がなかなか覚えられないんです。大学には縁が無くなってきた証拠なのか、2つの大学が同じようにそこそこ頭が良くて有名だからなのか、それとも話になかなか出てこないだけなのか…わからないのですが、覚えられません。

大学名でバッチリ覚えているのは(一般的な地名とか一般名詞でも使われているものをのぞいて)筑波技術大学…くらいでしょうか。自分が卒業した東海大学も覚えていますかね。しゃれで/倒壊(倒れる)/大学なんてやりますけど。東京の早稲田、慶応はうろ覚えで… どうやるんでしたっけ…。自分が卒業していればわかるんでしょうけれどね。

予備校の説明会の手話通訳なんか行ったら大変なことになりそうでございますねぇ。

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2007年9月27日 (木)

単語が出てこないとき

ろう者と会話していて手話の単語がどうしても出てこない時ってありません?ろう者同士でも「あれ、なんだっけ、あれ?」っていうことは普通にあると思いますが、私たち手話学習者は日本語は思い浮かんでいて、さらにその手話単語を以前に表出したことがあるんだけれど思い出せない…ウキーって感じな時です。

そんなとき、ウメは良いのか悪いのか臆することなく聞いてしまいます。今日も「フットサル」という単語(どちらかと言えば新しい手話ですかね)がどうしても出てこなくて話し相手のろう者(ちなみに上司です(^_^;))に聞いてしまいました。こういうときの聞き方も、話の流れを断たないようにうまーく聞かないといけないなぁと思います。例えば指文字で聞くにしても「フ・ッ・ト・サ・ル」と一つ一つ区切ったのではろう者にとって読みづらいなんてもんじゃないですよね。ただでさえ自分に何かを聞かれていて構えているのに、妙に区切られた指文字を出されても…って思うような気がします。そういう意味で指文字はスマートに出せた方が良いような気がします。

フットサルの手話単語を聞きたい場合は「ほら、あのサッカーに似ていて室内でやるスポーツ…」というように聞いて、なおかつ相手がフットサルのことを知っていればスムーズですよね。指文字よりもスムーズかもしれません。いずれにしても聞き方って重要だと思います。分からないと思ったら臆することなく聞く、これってろう者の会話ではよく見られますし、聞こえる人の会話と違うところだなぁと思うのであります。

ろう者の皆さんはどういう風に聞かれたら、違和感なく教えられますでしょうかねぇ。わかんないってモジモジされると教えにくいですよねぇ。

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休み明けの手話

軽井沢研修以来ウメは遅れてきた夏休みをいただいておりました。今日から久しぶりの出勤になったわけですが、休み中にろう者とも合わなかったので久しぶりの手話となります。(手話ブログでカメラに向かってはしゃべりましたが・・・)

この記事自体は時間指定で前日に書いているのですが、今日は久しぶりのお仕事・久しぶりの手話です。やはり言語は使わないと忘れていくというものでございますが、ほぼ丸5日手話を全くしなかったので、手話の力がおっこっているんじゃないかと思って心配でございます。

しかも今週は会議が2つと通訳のお仕事が入る予定なので手話手話しないといけません~。大丈夫かなぁ、久しぶりで会議に通訳・・・。自分の実力がまだまだって分かっているだけに少しでも落としたくない~と思うのであります。ま、その割には取り立てて努力をしているわけではないんですけどね。

手話の実力を伸ばすこともウメにとってはとっても大事ですが、手話のうまいヘタなどをあんまり考えないで楽しくおしゃべりすることの方が結果的には良いんだろうなぁ、と思います。あまり根を詰めすぎるとストレスの原因になってしまいますし、ただでさえ仕事にしているんだから他の人よりも(悪い意味で)真剣に考えすぎないようにしなきゃ、とも思っているのであります。

思うんですけど、手話を勉強する人ってまじめな人が多いですよね。でもそのまじめさ故に悩んだり落ち込んだりすることが多いと思うんです。もちろん、言語を勉強するのですからある程度のまじめさは必要だと思いますが、時には違ったアプローチで、深いこと考えずに触れてみるっていうのが大事なのかなぁと思いますし、ウメもそういうスタンスでやってきました。おかげさまで手話を勉強してもうすぐ10年になりますが、つらいなぁと思ったことがありません。

こんな意見、参考にはならないとは思いますが、こんなスタンスで手話に触れている学習者もいるっていうことでございます。不謹慎ですかねぇ。

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2007年9月16日 (日)

やっぱりうっとり

昨日たまたまNHKの週刊手話ニュースを見る機会があったのですが、今は聞こえる人とろう者のキャスター2人でやっているのですね。

その時は国りは時代のウメの恩師が出ていたのですが、やはりニュースを表現するその手話にうっとりしてしまいました。手話そのものの動きは早いのですが、だからといって読み取りづらいということはなく、必要十分な情報が提示されていてそれでいてムダがない・・・改めてうっとりしてしまいました。

ウメには当然できるわけもないのですが、でも少しでも近付きたいなぁと思ってしばらくうっとり見ていました。うーん、わかりやすい。ろう者の皆さんも同じことを思っているんでしょうねぇ。

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2007年9月 2日 (日)

もっさりはどう表現?

携帯電話でメールを打っていて、指の入力に携帯電話が付いてこないとき(例えば「おはよう」が「えはよい」になる) ことってありませんか?その他にもメニューの切り替えなどで待たされてイライラすることがありますよね。そういう携帯のことを「もっさり」 していると言います。ウメが携帯電話を購入するときにはこの「もっさり」具合を確かめてから購入します。 ネットでもっさりかどうかの評判が結構載っているのでそれを参考にするわけです。

今回のソフトバンク912SHでは、だいたいの使用場面ではスムーズに動く(サクサク)のですが、 長いメールを打っていると文字入力が「もっさり」して取りこぼしが起きてしまいます。見た感じ予測変換と連想変換が追いついていないようで、 これをオフにするとだいぶ解消されます。

さて、この「もっさり」という言葉。広辞苑にも載っている普通の言葉ですが、ネットなどでよく使われるようになってきました。意味は 「その対象物の、動作がにぶいさま。」ということです。

例えば携帯電話をいじっていたとして、「この携帯、もっさりだよ」って手話で伝えたいときはどうしましょうか。/この携帯/反応/ 遅い/で大丈夫かとは思うのですが、今ひとつもっさり感が伝わらないような気もしないでもないんですよねぇ。もっさり…。 なんかこの言葉の響きが好きなのウメなのです。

あ、でも仕事はもっさりじゃなくてサクサク終わらせたいですね。

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2007年8月31日 (金)

言っておきます

最近の手話表現で悩んでいる言葉。「言っておきます」。

何かの用件を○○さんに言っておきますね。といったときに使ったりするのですが、そのときの手話表現でいつも/言う/ある/ と表現してしまいます。この/ある/が余分だと思うのですが・・・。

ウメは最近では日本語に近い手話を表出する機会が増えてきているので、どうしても言葉を表出しがちになってしまうのですが、 国リハで習った手話を改めて考えて見た場合、この場合は/私/言う(第三者に)/ という表現に非手指動作を加えれば十分表現できるのは頭でも分かっているのに、ついつい手が動いてしまうのです。

ただの「言う」と「言っておく」の違いに加え、仕事で手話を表現するときには敬意表現を加えるので、 さらにウメの手話はおかしいことになっていると思います。やはり基礎が出来ていない証拠なんですね。

 

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2007年8月13日 (月)

とっておき

はて、「とっておき」っていうのを手話で表現をしたいときはどのようにしたらいいんじゃろか?

まずは「とっておき」というのを調べてみると、いざという時のために、大切にしまっておくこと。また、そのもの。 となっています。

さぁ、手話に翻訳してみることにしよう。

/取る/置く/…まさかぁ…。

/秘密/…これもなんだか違うなぁ。

…。

やはり日本語一つ一つを単語で考えるだけではなく、このような単語は非手指動作で対応するべきなんでしょうなぁ。単純に表情というわけではなく、手話における文法を使って表現するのが適当というのでしょう。

たとえば「とっておきのお酒があるんだ。一緒に飲もうよ!」という文と「選挙に勝つためのとっておきの秘策」というのではおそらく表現が全く違うんじゃろうなぁ。

と、なぜかおじいさんっぽくお伝えしてみました。さて、結局結論が出ていないのですが、こういうことであっていますでしょうかねぇ…。

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2007年8月 4日 (土)

手話辞典

インターネット上の辞典サイト「Weblio」に新たに動画による手話辞典が追加されたそうです。このWeblioは、インターネット上の複数の辞書を一度に検索できるサービスで、今回300番目に追加されたのが「手話辞典」。

約1000の単語について、解説文と共に動画で手話を見ることが出来ます。この動画は単語だけではなく、2~3単語の文になっていて、意味をつかんだ表現になっているなぁ、と感じました。ただ紹介されている用例の時には表現が合っていたとしても、別の時には全く合わなかったりして、単語だけを見てしまうと誤解を与えるかもしれません。

それにしてもネット上でこれだけの単語数を無料で動画で見られるのはココが初めてなのではないでしょうか。他にあったら教えてください。そして皆様の見た感想をお知らせくださいませ。

それにしてもこの「weblio」。色んな辞書が揃ってますねぇ。「マネジメント用語集」「タクシー業界用語辞典」「バーコード用語辞典」「電車図鑑」(ムフ)「鉄鋼用語」「照明大辞典」「ダム事典」「動く農薬事典」「神社データベース」「和の香り」「新ストーブ用語事典」「大腸肛門科辞典」「ウンカ・ヨコバイ図鑑」「糸状菌類図鑑」「新潟県田上町方言」「物語要素事典」などなど・・・まぁー面白そうな辞書がたくさんありますよ。

これをぼーっと見ているだけでも面白くていつの間にか知識がためられそうです。

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2007年7月10日 (火)

国際手話を操る

手話に関わっている仕事をしていると、時には海外のろう者と接する機会があります。 そんなときにいつも思うのは自分の能力のふがいなさ。と、言うのもウメは国際手話やASLが全く出来ないため、 直接にコミュニケーションを取ることができないのです。

もちろん、ジェスチャー混じりで簡単な意思疎通をすることはできますが、それ以上のものになると通訳さん頼み。 そんなときにささーっと通訳をしてくれる様子を見るとものすごくかっこよく思えてしまい、ほれちゃいそうなくらいになるのです。いやはや、 ウメも違う言語を使う人をつないでいる仕事をしているのですが、そのありがたさがよーくわかります。

そしてその日から数日間は国際手話やらASLやらをものすごく勉強したくなるのです。もちろん、そんな簡単に身につくものではないし、 ましてや通訳できるようになるまで大変な労力が必要になるのはわかるのですが、チャレンジしたい!という思いがわいてきます。… しかしそれが持続すればよいのですが、数日経って記憶が薄れていき、やがて国際手話やASLのことを忘れてしまうのです。

いや、根本に「できたらいいな。」という思いはあるのですが、今の自分にとって早急に必要ではない! と思ってしまうと実際に行動には移りません。また、何かきっかけとなるものがあればよいのですが、 さぁ習おうと思ったときに通える場所がなく、結局は勉強したいと思うだけで終わってしまっています。

こういう時にウメの向上心はまだまだだなぁと思ってしまいます。ウメは基本的に「できないことは悪いことじゃない。 でもできないよりできたほうがいい。」と思ってしまう性格なので、いつか、いつか国際手話& ASLを巧みに操ることができたらもっと役に立てるのになぁ…と思っているのであります。

誰かマンツーマンで教えてくれませんかねぇ。

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2007年6月12日 (火)

選挙に関わる新しい手話

社会福祉法人全国手話研修センターにある日本手話研究所が、今年7月に予定されている参議院議員選挙に備えて「選挙に関わる新しい手話」についての手話表現を整理し、動画で公開しています。

45の単語について、一つ一つが動画で紹介されています。中には選挙に関係あるのか?というのもありますが、一通り目を通しておいた方がよろしいかと思います。まぁ、今までにあるものを組み合わせたものもありますので、全部を覚えなきゃ!ってことはなさそうです。

参議院議員選挙、全ての政見放送にしっかりと手話通訳がつくことを望みます。

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2007年5月12日 (土)

東西の境目

関東と関西では手話の単語の表現方法が違うものがありますよね。代表的なのは/名前/でしょうか。ウメも京都に引っ越してきてからはすっかり胸にわっかを当てる方の表現を使用しています。たまに東日本へ出張に行って自己紹介をするとこんがらがります。手のひらに親指じゃなくてわっかを当てたりします。

他にも/水/や/慣れる/など、数えたらいくつかありそうですが、その境目はどの辺りなのかちょっと気になったりします。もちろん単語によっても違うでしょうし、その人の生育歴や学校、家庭環境によっても差がありそうですが、「街角ろう者インタビュー」で千人単位で調査をすれば、統計学的に有意な差が出てきたりして。

それが富士川だったりするとおもしろかったりするのですが、言語たるものそう簡単にはいきませんよね(^_^;)言葉は生もの=手話は生もの、常に動いているわけなんですよ。

でも誰か調査してくれないかなぁ。(他人まかせ)

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2007年5月 8日 (火)

意図的な口話

顔なじみや親しいろう者と手話で話すときにウメが比較的多用してしまうのが、手の動きはそこそこに、口の形、つまり口話で難しい単語を表してしまうこと。

軽い話題の時に新しい単語や流行語、専門用語などが出てくると、一文字ずつ指文字でやるときもあるのですが、それが間に合わなかったり、ふと頭の中で思考が止まったりすると、手は意味が似通った単語を表出し、口話で日本語そのものをややはっきりと表す・・・うまく説明できないなぁ。何か例を覚えていれば良いのですが、忘れっぽいもので・・・。

改めて考えてみるとこれはあんまりよろしくないことなんだろうなぁと思いつつ、ストレス無くろう者と軽い話題を話すにはもしかしたら有効なのかも、とも思っています。もちろん(緊急事態をのぞく)通訳の時には使いませんが、これを普段から常用してしまうとクセが身につきそうで怖いんですよね。

向こうもそのやり方で返してくれることがあるのは、やっぱりウメが聞こえるから合わせてくれているんでしょうねぇ。うーん、やはりまだまだ精進がたりないな・・・。

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2007年4月26日 (木)

手話の敬意表現

手話には敬語がない。

そう信じている人がいたらそれは訂正してくださいね。ちゃんとありますから。手話の場合は日本語のように単語や言い回しを丁寧にする敬語とはちょっと違ったような気がします。日本語に対応した「~です」とかの表現はあるにはあるものの、それは敬意表現とはちょっと違った使い方をすると思いますし。

子どもの時から手話を使っているろう者にとってはなんてこと無いのでしょうが、手話学習者にとっては「手話の敬意表現」には悩まされます。ウメが感じてきたのは、聞こえる人に比べてろう者は人間関係が密で、物事をはっきり言うということ。それと敬意表現が関係するのかどうかはわかりませんが、少なくとも「こうすれば敬語の手話になる」とは説明できません。いや、説明できるものでは無いのかもしれません。

もちろん、ウメもたとえば初めて会う年配のろう者と話すときの手話と、気心知れた同世代のろう者と話すときの手話は使い分けているつもりです。が、それが正しいのかどうかはわかりません。もしかしたら間違っているけど相手のろう者が寛大なだけかもしれません。

国リハに通っていた頃は同期から「ウメの手話はとても偉そうに見える」と何度か言われたことがあります。自分ではそのつもりは全くないんですけどね。ヘタをすると誤解をされかねないのかなぁ・・・と思いつつ、どうして良いかわからずじまいです。

話はちょっとそれるかもしれませんが、このブログの手話動画でウメの手話を見ていただいている人に実際会うと、手話の感じが違うとよく言われます。そんなときは「撮影用の手話」なんてごまかしますが、実際にそれだけ使い分けられるほど器用ではありません。やっぱりカメラ相手に、それも誰がも見ているかわからないところで手話をするのは(慣れているとはいえ)気を遣っているのでしょうか。

手話の敬意表現と言えば、動きをゆっくり丁寧にするとか、肩を多少すぼめる(この言い方合っているのかなぁ)、目線に気を遣うとか・・・うまく表現できないですけど、どうなんでしょうかねぇ。バリバリのろう者に是非お聞きしたいものです。それを日本語で説明するのも難しいでしょうけどねぇ。

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2007年3月23日 (金)

読み取らないモード

複数のろう者と会話をしているとき等、会話は当然手話なわけですよね。で、ある程度自然な手話での会話がされているときに、ウメが気にしていること・・・というかそうなってしまっている事があります。

たとえば自分以外のろう者2人が会話していて、ウメは話には参加していないけど相づちを打っているような場面。そんなときは手話を読みとる力を若干落として「読み取らないモード」にしているような気がするのです。

読み取らないと言ってもまったく読み取っていないわけではなく、話し手の方を向いて手話を見ているのですが、一字一句読み取ろうとはしていません。でも話の流れ全体がわかるようには見ているんです。それで突然話を振られても大丈夫なように待機しているというか・・・。

視覚的に例えると「見ていないわけではないけれど見ている」、「真剣に見ているわけではないけれど情報は入ってくる」・・・あんまり良い例えじゃないなぁ。たとえばわからない単語(特に人名などの固有名詞)が出てきても頭の中で引っかからずに(引っかけずに)さらっと流して必要になったときに聞き直す、もしくは話の中で読み取る・・・といった感じでしょうか。

そうやって逐次脳を休めているような気がするのです。手話で話すのが楽しいとはいえ、ウメにとっては第二言語なのでずーっと一字一句を読み取ろうとすると脳は疲れるのかもしれません。もしかしたらろう者の皆さんもそうしているのではないでしょうか?聞こえる人同士が日本語で話すときも一字一句全てを聞いているわけでは無いような気がするのです。

どうでしょうか?もしかしたら手話を一生懸命覚えようとしていてろう者と会話するときに全ての手話を真剣に見過ぎていませんか?それで疲れていませんか?

でもこれはウメの手抜きなのかもしれませんけどねー。

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2007年3月21日 (水)

副詞は単語いらず

日本語と同じように、手話にも副詞がありますよね。動詞にくっついて修飾する意味をもつ単語です(合っていたかな)。副詞にもいろいろな種類があって・・・

状態の副詞
主に動詞を修飾し、動作・作用がどんな状態(どのように)かを表す。「すぐに」「ときどき」など。
程度の副詞
疑問・禁止・感動などの意味を付け加えるもの。「とても」「もっと」「かなり」など。
叙述(陳述・呼応)の副詞
被修飾語の部分に決まった言い方を必要とする(副詞の呼応という)副詞「決して」「なぜ」「ぜひ」など。
指示の副詞
物事の様子などを指し示す副詞で、「こう」「そう」「ああ」「どう」の四語だけである。(指示語)
(フリー百科事典Wikipediaより)

手話でこのような副詞を表すときは必ずしも単語化しなくても良いという気がします。。学生時代にも「手話の副詞的表現」について習った覚えがあります。すべて単語化して表現するのではなく、表情や眉の動きなど、いわゆる「非手指動作(NMS)」で表現するのが手話の文法だと・・・。

上に挙げた例のうち、程度の副詞についてはかなりそれが当てはまりますよね。「もっと」などは単語化しなくても手の動きやNMSで表現できる部分が多いと思います。指示の副詞はほぼ指さしで済みますよね。

その他の副詞については単語化する場合が多いですが、絶対しなきゃだめぇ!というわけでもなさそうな気がするのです。単語化しなくてもニュアンスで表現できるような・・・(ニュアンスと言っている時点で文法がなっていないのでしょうが・・・。)

ウメは手話のネイティブではないので、はっきりしたことは言えませんし、間違っているかもしれませんが、ろう者と話しているとそう感じてくるのです。どうでしょう?

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2007年3月16日 (金)

妥協…

とある日に手話で話していて出てこなかった単語。

/妥協/

・・・。新しい手話にはあるのかもしれないし、手話ラベル/仕方ない/に口形「妥協」とつけてもよかったのかもしれなかったのだが、どうもでてこなかった。

最近は手話で話すときも頭の中は日本語。日本語が頭の中を渦巻いている。日本語にまつわる仕事をしているのである程度は仕方はないとはいえ、もう少し頭の中を手話モードにする時間を増やさないと・・・。

手話の勉強に/妥協/は許されませんな。

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2007年2月19日 (月)

声が付いている

全通研冬の集会(いきなり略称ですいません)は名前の通り全国で手話通訳や手話に関わっている人、また手話の養成講座に関わったり、手話対策部のろう者などいろんな人が集まりますよね。ろう者大会と違ってろう者よりも聞こえる人の割合が多かったような気がします。(当たり前といえば当たり前ですけど)

その聞こえる人たちが分科会などで発表する様子を見ていてウメは思ったのです。「あ、声をつけて手話をしている」と。ろう者は当然手話で話しますし、会場にはろう者がいるので発表や質問、意見などは基本手話で行われるのですが、ほとんどといっていいくらいすべての人が手話をするときに声が付いています。思わずパンフレットに「手話をするときは声をつけてください」と注意書きがあるんじゃないかと思って探してしまいました。

このことを良いとか悪いとか言いたいわけではないのですが、ウメの場合自分の言いたいことが言える順番が
1.日本語(声)・・・まぁ27年間使ってますから。
2.手話のみ
3.声をつけての手話
(2と3は時として入れ替わる場合もあったりします。それだけ手話がまだまだってことですね。)
なのです。それが違うんだろうなぁ、と思ったわけです。もしくは人数が大勢いる時は声をつける、みたいなルール(というかしきたりというかなんというか)があるのかなぁ、と。

声をつけての手話は(ウメの場合は)ほとんど日本語になってしまうので、ろう者が本来使う手話とは違ってしまう(もちろん、それが一番良いという人もいると思います)んじゃないかなぁと思うわけですが、それはどうなんでしょうか。それでずっとやってきた(教わってきた)から思わず声がでてしまうのか・・・。

どうなんでしょうか。

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2007年2月 8日 (木)

手話しながらご飯

仕事をしている平日はお昼ご飯は職場の人と一緒に食べます。ウメはだいたい毎日事務所に売りに来てくれるお弁当と、 以前取材に行ったときに大量に持ち帰ってきたわかめのお吸い物をいただいています。

ご飯を食べながら会話をするのですが、ろう者もいるので手話つき。仕事のようなカタい話ではなく、 テレビの話やらニュースの話やら恋愛の話やら・・・いろんなことをしゃべりながら食べています。 時々新聞に見入ってしまって話に参加しないときもありますが。

ウメは食べるのが早いのであまり困らないのですが、手話をしながらご飯を食べるとどうしても食べるのが遅くなりますよね。 両手で手話をしようとするとハシをおいて話す。で、相手が話す。その間に食べるんだけど、また話すからハシを置く・・・、そんな感じです。 でもそのタイミングもろう者はやっぱりうまいですね。

ウメは話が盛り上がる頃にはだいたい食べ終えてしまっていることが多いのですが、 食べているときはついハシをおかずに片手で手話をしたり、ハシを持ったままやったりします。これって行儀が悪いですかねぇ。 基本もぐもぐしてますし。

食べながら手話で話す。これ、結構高度な技術ですよ、奥様。

 

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2007年2月 2日 (金)

ニュアンスの違い

言いたいことがうまく伝えられないもどかしさ。

日本語を使ってもうまく伝えられないときがあるのに、ましてや手話の場合はなおさらもどかしくなるときがあります。 ろう者の時は逆でしょうか。ろう者と話すとき、ウメが頭の中で考える時に使う「日本語」が持つニュアンスと、実際に表出するときの「手話」 の持つニュアンスがかみ合わない時があります。しかもかみ合わないのがわかりつつ話すことも。

これはウメだけの問題なのか。それとも思考言語と表出言語が違えば必ず起きることなのか。それとも相手によるものなのか、 自分の体調によるものなのか、話す内容によるものなのか、聞こえる人とろう者が持つ文化・習慣の違いによるものなのか・・・。 考えただけでも様々な要因が複雑に絡み合っているような気がします。

ろう者と話すときは日本語をすっかり忘れて、ぜーんぶ手話にしてしまえば、手話にできればこれほど楽なことはないんですが、 残念ながらニホンゴは頭の中から離れてくれません。そりゃそうですよね。

言語的に言いたいことが言える、つまりそれなりの単語がわかって会話ができる。そうではなくて、 自分の言いたいニュアンスまで伝えられるようになったとき、自信を持って「手話ができます!」って言えるようになるのかなぁ、と思います。 そんな日はやってくるのかどうか不安ですが。

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2007年1月23日 (火)

手話特区

東京都が手話で教育を行う学校を設立できる教育特区を申請するそうです。

東京で日本手話で教育を行っているフリースクールの「龍の子学園」がありますが、この特区申請によって学校法人として認可され、私立ろう学校としてまた一歩進んだとのこと。

ろう学校での教育といえば悪名高き?口話教育。教科の授業そっちのけで口話の訓練をしている姿はなんとなく違和感を覚えますよね。

この認可によってろう児の教育の選択の幅が少しでも広がることはとても良いことだと思います。また東京都がどのような経過で認可をしたのかはわかりませんが、行政にしては珍しく英断!これにはNPO法人をはじめ、数多くのろう者の地道な運動があったんでしょうね。

石原知事の鶴の一声!?

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2006年12月27日 (水)

手話でだべると

今日は仕事帰りにアメリカから一時帰国しているろう者とそのお友達のろう者と3人で食事をとりながらしゃべっていました。

最初待ち合わせをしてちょっと買い物にでかけ、その後仕事終わりの人を待ちつつパスタを二人でほおばっておりました。 手話の話や仕事の話、ろう者の話など食べながらいろんな話で盛り上がっておりました。

そして3人で喫茶店・・・というか要するにプロントに行って軽くお酒を飲みながらさらにだべる (しゃべる)。そんなこんなであっと言う間に時間が過ぎていきました。何ででしょう、 手話でしゃべっていると時間がたつのが早いような気がします。

通訳をしないで手話だけで楽しくおしゃべりするひととき、この時がウメの手話の力を伸ばしてくれているような気がします。 手話の語彙やろう者の話し方、振る舞いなどを盗むチャーンスなわけなんですよね。でも「よし、盗むぞ」 って構えているわけではなくて結構自然と見られていたりするものです。

楽しい時間はあっという間、でも充実していました。いやーやっぱり手話で楽しく会話する時間って大事ですね。

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2006年12月16日 (土)

アメリカと会話2

先ほどまでアメリカに住んでいる日本のろう者と会話していました。例のオススメソフト「SightSpeed」を使って。当然アメリカと日本には時差があるのでお互いの都合を合わせて海を越えてのビデオチャットです。ウメは最近ログインしていなかったのでこのためにログインしました。

時々カクカクしてしまうものの、基本的にはお互いの言っていることがわかるくらいのスピードで話すことが出来ました。よかったよかった。ウメの手話が下手くそだったので時折読み取れないときがあったとは思いますが、なんとか会話にすることが出来ました。

改めて考えてみてもすごいですね、アメリカと日本で会話が出来てしまうんですから。それも手話で。時代は進化しましたよね。それでも生でやりとりするコミュニケーションにはかないませんが・・・。

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2006年11月17日 (金)

どうしてもは難しい

手話で副詞を表すときはNMS(ノン、マニュアル、サイン・・・非手指動作)が必要だと言うことは、昨年まで学校に通っていたのでさんざん教わったのですが、頭ではわかっていてもこれを自然にやるというのは非常に難しいことです。

最近難しいのが「どうしても」という表現。つながる動詞によって表現は変わってくるとは思いますが、この「どうしても」を文章化せずに意味を伝えるのが難しいです。擬音で表すなら「ウウーウウン」みたいな感じで表現すればよいのでしょうか。

その他「いささか」(サザエさんの伊佐坂先生のことではありません)や「決して・・・ない」とか、「はるばる」(遠路はるばる)など、表現につまるそうな言葉が副詞にはたくさんあります。そもそも副詞の受け取り方も人によっては違ったりするので、これがまた難しさを倍増させる要因ですね。

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2006年10月26日 (木)

自然に声が

なんとか手話通訳士一次試験に合格し、目指せ通訳士三年(ダメだったら五年に延ばすよ)計画!が破断することは免れたウメですが、あまり良くない傾向があります。それはろう者と話すときにでも声が出てしまうこと。聞こえる聞こえないの問題ではなく、声を出していると言うことは日本語、もしくはそれに限りなく近い日本語で話していることになります。

福島での交流会の時には手話で話すときに声を出すことはなかったのですが、相手のろう者が日本語が出来る方だとわかっていたり、特に込み入った話をするときはどうしても頭の中に日本語が浮かんでしまい、それをそのまま出してしまっているようです。

本来なら手話に翻訳して表出しなければいけないのに、相手の日本語力に頼ってしまっているのです。それがわかりながら話しているだけにこちらも自分の未熟さを痛感します。

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2006年10月 4日 (水)

/早いですね/

最近どうやって表して良いのか迷っている表現。と、言うのもここ2日連続そう言う場面に出くわしているのですが、スッキリしないのです。

それは、/早いですね/という表現。何がどう早いのかというと「朝早いですね」というシチュエーション。この場合の「早い」に適した表現の手話に迷っています。

右手を動かしながら親指と人差し指を離す(表現が難しい)/早い/という表現で通じるのですが、表現していて何かが違うのです。本来この手話が持つ意味は「スピードが速い」とか何かモノの動きを意味するときに使うのです。いや、調べたわけではなく、直感なのですが・・・。

かといって他に適切そうな表現を思い浮かばなく、もしかしたら「早い」という言葉にこだわりすぎているのかもしれません。手話で/得意/と似た表現をする「ポッ」は、「なんでそんなに早いの」なんて感じで目上の人には使えなさそうな表現だし・・・。

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2006年9月30日 (土)

/ご協力/お願いします

手話通訳を始めてからと言うものの、他人の話す日本語には敏感になりました。今日参加したイベントでは「日本に来日」とか、「一番最初」とかの繰り返しが若干気になったのですが、思い返すと自分でも絶対言っているなぁと思い、今後通訳場面だけではなく、美しい日本語を目指そうと思うようになるわけです。

で、そういったイベントなどでよく聞くフレーズ。「~に皆様のご協力をお願いします。」

これを手話に翻訳するときには、普通なら/皆/協力/お願いします/といった感じで通訳するのがノーマル。例えば「バザーの商品集めに協力をお願いします。」とか。

駅で「事故防止にご協力願います。」これはどうでしょうか。/協力/・・・でも良いような気はしますがあんまり合わないような気がします。同じく駅でよく聞く「女性専用車両設置にご理解とご協力をお願いします。」とか「構内禁煙にご協力をお願いします。」となると、/協力/と手話で表現してしまうと何を手助けするのかと誤解されかねません。(わかっていただけるろう者もたくさんいます。)

そして「工事中は皆さんのご協力をお願いします。」という文の場合/工事/協力/お願いします/と手話で表現してしまうと「一緒に工事してください」という意味にもなりかねませんよね。(そう言いたい場合は別ですけど。)この場合の日本語の「協力」は、「手伝ってください」という意味は含まれておらず、「迷惑かけますけど許してくださいね」的なニュアンスです。

その場合は/わかる/お願いします/とやったほうがすんなり伝わります。翻訳技術とすればそうするべきですよねぇ。でも通訳をしているときにフッと日本語を聞いただけだとつい手が/協力/と動いてしまう。あぁーやっぱり頭の中は日本語なんだなぁと思うワケなのであります。

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2006年9月 5日 (火)

マスクで手話

どうものどの調子もよくならないし、職場の皆様に風邪をうつしてしまうのも申し訳ないので、今日は仕事中はマスクをしていました。同僚に「メガネとマスクで変質者だねぇ」と失礼なことを言われましたが、中身は(自称)清純派なので気にせず仕事をしていました。

マスクをしながら手話で会話をすることもあったのですが、簡単なものならともかく、意見交換など多少込み入った話になるとやっぱり口なしでは通じにくいですね。自分ではマスクの下の口もバッチリ動いているのですが、相手にとってはそれが見えないわけで。

やはり日本語を引用するときや固有名詞を使用するときなどはどうしても口で表していることもありますし(ウメは最近日本語チックな手話になっております)、単語を言わないとしても手話で口形は欠かすことができませんしね。

で、話をするときはマスクを下に下げるようにしていました。手話は手だけではなく、口や顔の表情も大事な要素なんだなぁと改めて思ったわけです。

で、試しにこのブログでマスクをして自己紹介でもしてみようかと思ったのですが、完全に変質者になるのと、風邪でなんとなくやる気が出ないので止めておきました。ただでさえ顔にバンドエイドを貼ったまぬけな姿をお見せしているのにマスク姿なんか公開してしまったら捕まりますね、きっと。

 

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2006年9月 3日 (日)

事務局長

何度やっても上手くできない手話の一つ。

/事務/局/長/とか/事務/所/長/といった事務なんたら長という形の手話。職場柄この単語を使うことが多いのですが、どーも上手くできません。特に/事務局長/が苦手。なんででしょ。頭に動きを思い浮かべながらやるとさほどでもないのですが、突然やったり通訳をするときなどはなんやらようわからん動きになっています。

一つ一つ/事務/、/局/、/長/と区切れば、手話の動きを忘れているわけでもないのでできるのですが、これを文中の中でスムーズにやろうとするとだめなんですわ。とほほ。

3週間後に迫った手話通訳士試験に「事務局長」が出てきたらどないしましょうかねぇ。

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2006年8月17日 (木)

/高知/の手話

手話を勉強していて、あぁー覚えることがいっぱいだぁーと頭を抱える時期は誰にでもありますよね。

(人にも寄るのでしょうが)まずは指文字の50音・・・。ア行からならできるけど、突然単語を指文字でっていうときに出てこない出てこない。/チ/と/ツ/、/ウ/と/ト/、/ワ/と/ユ/、/シ/と/ス/と/ル/・・・などなど。ウメは最近指文字がスッと出てこないときがあり、そんなときはついつい右手をはたいてしまうのですが意味無いですよね。ってか逆にそんなことされたらもっと読み取りづらいですよねぇ。

余談になりますが、手話を覚え始めるときにまず指文字から・・・というのはどうやらよろしくないようです。手話と指文字は切り離して覚えた方が良さそうですね。あとは指の体操が大事だと思いマスです。「わが指のオーケストラ」に出てくる高橋潔先生は毎日お風呂で指を動かしていたそうですね。はぁー。見習わなくては。

その他に難関なのが「都道府県」ですよ。まず47都道府県を覚えて、さらにその手話を覚えるのがかなり大変。で、ウメが気になるのが/高知/の手話。普通なら感じから引用して/高い/知る/とやる人がいるとは思うのですが、ウメの場合は/理容/に似た手話をやるんです。高知の鰹節でしょうか。この手話がなかなか通じないんですよね。間違っているんでしょうか。いや、通じる人もいるんです。

あと「福岡」と「熊本」をよく間違えたり、「鹿児島」の手話の動きがよくわからなかったりと、なんだかあやふやです。ホント。

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2006年8月 6日 (日)

/出来れば/と/出来るだけ/

「出来れば・・・して欲しいんです」

このような文章を通訳するとき(通訳に限らず手話で表現するとき)に「出来れば」の部分はどのように表現しますか?

/出来る/例/
/出来る/時/
/もし/出来る/例/
/一番/良い/場合/

などなどざっと思いついたでもいろいろな表現が考えられるのですが、ろう者に一番伝わりやすいのはどれなんでしょうか。ウメは今日ろう者と話すときに「/出来る/例/」とやったのが伝わりやすかったのかどうか。ちょっと疑問が残ります。

関連で、失敗例として「出来るだけ」という言葉を伝えるときに/出来る/だけ/とまさに日本語そのままでやってしまいました。まさに日本語そのままで「あちゃー」と思ったのですが、やってしまった後はどうしようもありません。

後になって「はて、どのように表現すればよいのだろう」と考えてみてもなかなか良い案が思い浮かびません。うーん、/出来れば/と/出来るだけ/・・・どのように表現すればいいのでしょうか。

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2006年7月29日 (土)

手話で話すのはやはり楽しい

全国のろう者と話す機会がありました。通訳ではないので声を出さずに久々に学校で習っていた感じの手話で話しました。最初は手話が読み取れないときもありましたが、会話が進むにしたがって慣れてきて楽しくおしゃべりが出来ました。

色んな地方の手話を見られる機会はそうそうないので、非常に良い機会になりましたし、気がつけば細かいことを気にしないで、言いたいことを自然に手話で話している自分がいました。

話した内容一つ一つは大事なものではないかも知れませんが、こういう経験・・・もっと言えば思い出が手話を続けてよかったなぁ、と感じる原点でもありますし、これからも頑張って続けようと思います。

(自己紹介が遅れたので)名前もしらないろう者と楽しく話をする。聞こえる人の世界では名前を知らない人と話すってことはなかなかないですよねぇ。話がさんざん盛り上がって・・・「で、お名前何でしたっけ」って考えてみたらフシギです。

これをきっかけにしてどんどん輪が広まれば良いなぁと思います。

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2006年7月28日 (金)

日立の樹手話ソング

日立グループと言えば手話関係のアニメーションや機器の開発などを率先してやられている会社だというのは聞いたことがあります。そして「日立 世界ふしぎ発見!」ですよね。

そのふしぎ発見の中でも流れるCMの歌。「日立の樹」(というそうです。初めて知りました。「この木何の木」じゃないんですね。)の手話アニメーションがあるそうなので、再生してみました。

http://www.hitachinoki.net/tv_cm/shuwa/index.html

おなじみの歌(どうやらオリジナルバージョンです、ポイント高し)に合わせて3Dアニメの人が手話をしています。一応歌にあっているようです。ウメは歌の方に聞き入ってしまいました。

専用のソフト「MimehandII」というもので作っているそうで、日本語を入力すると手話アニメに変換してくれるそうです。うーん、ハイテクゥ。それを応用した「電子版 手話辞典」もあるそうで、一度見てみたい気がしました。ちなみにこの電子版手話辞典のお値段は18,900円ナーリー。やっぱり開発費がかかっているんでしょうね。

こういう試み、最初はろう者が求めているものから外れたものかもしれませんが、こういう動きが広まっていずれはニーズをつかむことができて、ろう者にとって役に立つものができればなぁと思います。

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2006年7月25日 (火)

最近の口形

手話の口形は日本手話と日本語対応手話では大きく違います。

日本語対応手話は日本語を表すので、基本的には日本語の口の形ですよね。それに対し日本手話は名詞などの引用部分をのぞいては日本語の口形を使用しない、と以前通っていた学校で教わりました。

教わったのは事実なのですが、それがウメに身についているかどうかはナゾ。動画を見ていただいたら解ると思いますが、まぁ随分日本語の影響を受けているなぁと思います。

ろう者的手話を目指したいところですが、ウメはろう者ではないしろう者にはなれないので、目指すべき所は「より多くのろう者にわかってもらえる手話」ですね。もちろん、ろう者だけではなく、中途失聴者・難聴者の方にもわかるような手話も身につけなければいけないです。

口形もそうですが、自分が実感した中で2つの系統の手話が違う!ということはわかるのですが、はっきりと区別をすることがなかなか難しいのです。そもそも区別をする必要がないかもしれませんが、手話を学ぶに当たってこの違いというか、なんだか自分が学んだ手話が通じない・・・、ろう者がする手話と違う、難聴者がする手話と違う・・・、そんな思いを感じる人は多いでしょう。

うーん、口形・・・どのように身につけようか。口形だけを教えてくれる「口形講習会」「手話講座(4)口形編」・・・ないか。そもそも口だけ覚えても仕方がない。

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2006年7月20日 (木)

引用部分はメリハリを

手話で会話をするときや通訳をするときなど、話の中に日本語を引用するときがあります。固有名詞などが多いですね。

そのような時に「今から引用するぞ」というマークをいれて、口形をはっきりつけて手話(指文字の時もありますね)をゆっくりと表現する、これがなかなかうまくいきません。

表現に困ってしまって仕方なく日本語が乗っかった手話(うまい表現が出来ませんが)になって、伝わらないことが多いです。自分でもだめだなぁと思います。

日本語から手話への翻訳がきちっと出来れば、引用を少なくすることが出来ますよね。引用が悪いというわけではなく、うまーく手話の話の流れの中に挿入することが出来ればいいのですが、それができないとろう者にとっては突然日本語が出てきて「なんだこりゃっ」ってことになるのかなぁと。

会話の中でも言語の橋渡しをうまーく、うまーくして伝える必要があるんですねぇ。

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2006年7月19日 (水)

火を使った調理

「ゆでる」「焼く」「炒める」「揚げる」「煮る」「ふかす」などなど、火を使った調理方法はたくさん。

今日お昼休みにそんな話をしていたときに、手話でこれらをどう使い分けるのだろうか?と思った。料理があまり得意でないウメはこれらの意味の区別がはっきり出来ていないのに、ましてや手話で使い分けるなどなかなか・・・。

特に困ったのが「煮る」「揚げる」「ゆでる」の使い分け。左手の甲を鍋に見立て、右手で火を表現する動作をする表現でやったのだが、これでは使い分けが出来ない。結局口形(要するに日本語)に頼ってしまう。

まずは料理の勉強から。そして手話へとその知識を持っていこう。

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2006年7月13日 (木)

言いたいことが

手話学習者はろう者と話すときは聞き役になることが多いですよね。話し好きのろう者が多いのもそうですが、学習者の立場ではなかなか言いたいことを言いにくいというのがあります。

この表現はどうやるんだろう、通じなかったらどうしよう、誤解されたらどうしよう・・・やっぱり失敗を恐れてなかなか思うように話せません。

今のウメももちろん日本語に比べたら言いたいことが言えません。それでもまぁ自分で頭を使いながらそれなりにモノは言えるようになってきました。

しかし、手話を学び始めた頃のあのもどかしさを忘れてはいけないなーと常に思います。それが自分にとっての成長につながるし、初心を忘れることなく技術を磨けるからです。幸い今のウメは毎日手話を使う環境にいます。忘れようと思っても手話を忘れるコトなんて出来ません。

今後の人生でどれだけ手話でおしゃべりできるかわかりませんが、一つ一つの機会を大事にしていきたいと思います。

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2006年6月22日 (木)

初めて覚えた指文字

指文字を覚えるとき、たいていは「あ」から始まって「あいうえお」から行くか、もしくは自分の名前だったりしませんか?50音を全て覚えるのって今から考えても大変だったような気がします。

ウメが指文字をマスターしたのは中学生の時・・・だったような気がします。マスターと言っても50音順でないと出来ないくらいでしたけど。なんとか使いこなせるようになるまでそれから数年かかりましたね。

ウメが初めて覚えた指文字はちょっと変わっているんです。

「きんぴら」です。そう、あのきんぴらごぼうのきんぴらです。何でこれから覚えたのかよくわからないのですが、弟と一緒にお風呂の中で「き・ん・ぴ・ら」と繰り返し練習したのを覚えています。

懐かしいなぁーきんぴら。家庭の味ですよね。最近食べてないなぁー。この記事を書いているうちにきんぴらが食べたくなってしまいました。作ってみようかな。

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2006年5月28日 (日)

そろそろサークルに

京都に越してきてから丸2ヶ月がたち、仕事もだいぶ落ち着いてきたので、仕事だけではなく手話の活動をしたり、友人を作るためにも手話サークルに通おうかなぁと思い始めています。

京都の手話サークルと言えば「みみずく」ですよね、通うとすれば当然そこになるとは思うのですが、はて、どこに通おうか・・・。噂によると区ごとに支部があって、それぞれで活動をしているとのこと。

手話の活動はしてきたとはいえ、京都のことは何にも知らないので、なかなか行きづらいというのがあるんですよね。そういえば埼玉で地元の全通研地域班に通い始めたときも大変でした。最初は知らない人ばかりで(母が通っていたので名前だけは有名でしたが)緊張しました。

入ったばかりで「手話ができなくて覚えたいんです」ならわかりますが、一応手話はできるのでなんか生意気に見られそうで・・・なんてモジモジしちゃったりしています。でもお知り合い増やしたいしー。

持病の関係であんまり初めての人に会うのが苦手だったんですけど、最近は新しい薬のおかげか、慣れてきたせいか、落ち着いているので頑張って動き始めようかな、と思っています。

友達100人出来るかなー。

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2006年5月22日 (月)

アルファベットを表す時

(とりあえず講演会の通訳とかでは無い場合)手話で話しているときにアルファベットを表すとき、例えば・・・「PTA」とか。
こういうときってどのように表しますか?

(1)空書きで「PTA」とやる
(2)両手で「PTA」というアルファベットの文字をかたどる(例えば「P」なら左人差し指を伸ばして右人差し指でクルッ・・・みたいな)
(3)ASLの「PTA」を借用する。

ウメが通っていた国リハでは(2)が多かったです。
あまりASLの指文字を使うろう者はいないということからだったと思います。
今の職場は(3)です。ASLの指文字を借用することが多いんです。

一応ASLのアルファベットは頭に入っているものの、順番にやらないと出てきません。
で、急に表されたりすると・・・エート、エート、となってしまいます。
自分が表すときも、頭の中で「ABCの歌」が高速で流れていて、それに手の形をつけています。
あぁ、また明らかになった勉強不足。
ASLの勉強なんて夢のまた夢・・・。

どれが一番伝わりやすいんでしょうかねぇ。
「ヘイ!どれでもできるぜ!どれがいいか言ってみな!」っていう位の技術を持ちたいです。(態度は良くありません。)

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2006年4月28日 (金)

緑綬褒章

日本で一番最初に出来た手話サークル、そして日本で一番有名な手話サークルである京都市の「みみずく」がこの度緑綬褒章を受章したそうです。

褒章には6つの種類があり、今回受賞したのは緑色。これは
「自ら進んで社会に奉仕する活動に従事し徳行顕著なる方」
に送られるそうです。

その他の色は
紅綬褒章 自己の危難を顧みず人命の救助に尽力した方
黄綬褒章 業務に精励し衆民の模範である方
紫綬褒章 学術、芸術上の発明、改良、創作に関して事績の著しい方
藍綬褒章 公衆の利益を興した方又は公同の事務に尽力した方
紺綬褒章 公益のため私財を寄附した方等
なるほど、色々取り決めがあるんですね。

紫綬褒章だけは何となく聞いたことがあります。よくニュースになりますよね。

ウメも落ち着いたらみみずくに・・・と考えていたのですが、「緑綬褒章と聞いて入りたいと思いました」と思われないかどうかが心配です。そんなことはないのですよ。

でもこれだけの年数の間、規模の大きいサークルが続いたということはひとえにメンバーの方の努力なのでしょうね。

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2006年4月25日 (火)

話半分がよろし

ろう者の手話が読み取れない、ろう者と会話が出来ない!
そうお悩みの手話学習者のアナタ!

ズバリ「ろう者の話は話半分で聞け!」これを実践してみては?
「話半分」・・・広辞苑では「話に誇張や虚構が多く、半分に割り引いて聞くと真実に近くなること」とあります。
ウメよ、お前はろう者の言っていることをあしらえというのかぁ!!
お前はろう者が何でも大げさでしゃべっているというのかぁ!!

いえいえ、そんな訳はありません。あんなに面白い話が出来るろう者の話を割り引くなんてもったいない!!
ここでいう「話半分」とはウメ的解釈。手話を読み取る力を半分にする、といった方が近いでしょうかねぇ。

一生懸命読み取っているのに、読み取る力を半分にしたらもっと読めなくなるじゃないかぁ!!

・・・そうかもしれません。
でも、「一単語一単語」にこだわりすぎて、文脈をつかんだり、表情をとらえたりするのを逃していたりすることはありませんか?
ウメが読み取るとき、わからない単語が出てきても(重要そうでない限りは)すっ飛ばすこともあります。
楽しそうに話しているのを遮るのもちょっと悪い気がしますしね。
(すっ飛ばした後、話の流れで単語の意味がわかるときもあるんですよ。)
単語に固執するよりも、「何が言いたいんだろう?」と文章の全体をつかむようにしているのです。
読み取る力を落とす、というよりも一歩引いて読み取る、と言ったほうがいいかもしれません。
(うまく表現できませんが。)

ずっと集中して聞いていると、いくら面白い話でもつかれてしまうときがあります。
そりゃー、母語じゃないし、なにせ”手話学習者”ですし、何より目を使う言葉ですからね。
流ちょうに動く手話を(手話に限らず、母語じゃない言葉だと)「ああでもない、こうでもない」と頭の中で変換して聞く(見る)というのは疲れ
ますよね。
要するに肩の力を抜いて、全体をぼんやりつかむ方法をとってみてもいいんじゃないか、ということなのです。
ちょっとしたおしゃべりの時なんかにやりやすいですかね。

わからない単語がどうしても気になったら話が一段落ついた後で聞きます。自分なりに答えを探して「これで合ってる?」的に。
何がわからないのか、何を聞きたいのかをハッキリさせた方が、ろう者にとっても答えやすいし、自分の中でもスッと納得できます。
もちろん、わからないままほっぽっとくことはしませんよ。
ろう者のみなさん、どうでしょう、このやり方?(間違ってたりして・・・。)
そういう意味では手話ブログ、いいかもしれませんね。(何回も繰り返し見られるし。)

もちろん、通訳の場合はそういうわけにはいきませんが、
同時通訳していると一単語を読み落とす時なんてしょっちゅう。(現役通訳者の皆様ならおわかりいただけるはず)
そんなときに止まるわけにはいかないですもんね。
全体の意味がつかめていれば、一単語落ちたとしても何とかなるかも・・・しれません。
何とかならないかも・・・しれません。

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2006年4月23日 (日)

手話について改めて考える4

正しい手話とは?うまい手話とは?これに答えを出せることがいいことかどうか・・・。

その場に手話がわからない人がいて、ろう者がいて、そんなときにどうやって話せばいいだろうか。日本語のみ(または手話のみ)で話して通訳をつけるべきか、しゃべりながら手話をするか・・・。

自分は手話が出来ます!っていって良いのだろうか・・・。

関東から関西へ移ったということもあって、今ウメの手話能力はかなり落ちているような気がする。学校にいた頃にはもっとスムーズにできていたはずなのに・・・と言うこともよくある。これが一時的なものなのか、はたまたウメの本当の実力なのか、それはウメ自身にもわからない。

ひょっとしたら、学校で教わったことを何にもわかっていないのかもしれない。もしかしたら、こういう団体に勤めているからこそ感じることなのかもしれない。でも、こうやって考えることでいつか光が見えてくることを期待している。

これは手話に限ったことではない。ろう者が持つ行動・文化にも同じことが言えるような気がする。

 

 

手話の世界は難しい。だから面白い。

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手話について改めて考える3

そして学校を卒業。めでたく聴覚障害者団体へ就職した。

学校で教わったこと、とても役に立っている。しかし同時にそれだけが全てではないことも強く感じている。

十年ほど前まで見られた、(通訳者レベルの人が)音声を出しながらこんにちは。私の名前は・・・」なんてバリバリの音声対応手話をろう者に向かってする人は少なくなった。かといって、学校の先生のような洗練された日本手話を使うろう者がいるわけではない。地域のろう者は長年の生活の中で身につけてきた生活言語がある。時には日本語の影響を受け、時には地域の影響を受け・・・。

今の職場に入ってからしゃべりながら手話をする機会が本当に増えた。この1ヶ月で学校にいた2年間分以上だろう。自分自身、しゃべりながら手話をすることにとまどっている。自分の思ったことを上手く話せないときもある。声を出していなくても日本語をそのまま手話に置き換えているだけ、そんな時もある。

いわゆる「国リハで教わった手話」をする機会はほとんどない。

教わったことを忘れそうで怖いのだが、働く上でそれが必要とされるのだから仕方がない。いや、仕方がないと言うよりも必要なのだからやるべきなのかもしれない。学校にいた頃より「日本手話」は確実にヘタになっただろう。

周りの聞こえる人たちもしゃべりながら手話をする。それが当たり前の環境で、自分だけ・・・それはおかしい。周りに合わせることも大事。もちろん、そのことでろう者が不利益を被るのなら問題だが。

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手話について改めて考える2

入学した学校は、国立身体障害者リハビリテーションセンターの手話通訳学科という場所。そこは日本手話を教えていて、それに対してよく思っていない人もいる・・・そんなところだ・・・というのもわかっていた。それに国立なので学費が安いこと、実家から通える距離にあったことも大きい。

2年間の学校生活。これだけの密度で手話を勉強できるところはおそらく他にはないだろう。それだけ貴重な体験をしてきた。しかし、そこで教わったのは1つの手話。そう、「日本手話」だ。

学校では(音声を)しゃべりながら手話をすることなんかほとんどなかった。してはいけないという空気が流れていたし、必要もなかったからだ。かといって口をダンマリさせているわけでもない、きちんとした文法にそった手話を教わった。

先に音声を話ながら表現する「日本語対応手話」を覚えてしまうとろう者が使う「日本手話」ができなくなってしまう。そんな考えのもとに、入学前から手話を知っている人に対しても改めて一から「ナチュラル・アプローチ」という教授法の元、手話を全く知らない人と同等に教わった。

この2年間で確実に手話の実力は伸びただろう。それは間違いない。ろう者とスムーズに会話が出来るようになったところまでいったか・・・それはまだだろう。やはり数年間では習得できないものだからだ。

学生生活の中で教わる手話は確かにきちんとしている。しかし、「生の手話」では無いような気がした。もちろんろう者とは会話が出来るようになるのだが、今を思えば(悪くいえば)「教科書的な日本手話」だった気がする。それはウメがそう感じただけだとは思うが・・・。

同時に「日本語対応手話」をほとんど教えないこと(2年間の中で数時間)に対する疑問も浮かんでいた。これだけ日本手話を集中的に教えて、卒業後それだけでやっていけるのだろうか・・・。同期の中には「しゃべりながら手話をするなんて考えられない」という人もいた。その考えを否定するつもりは全くない。が、しかし・・・。

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手話について改めて考える1

手話には「日本手話」と「日本語対応手話」の2つがある。という話、ここ最近では手話学習者の中ではだいぶ知られてきた。かくいうウメも大学の手話サークル時代に教わった。しかし、頭ではわかっていたつもりでも、あの頃は知識としてだけで存在しており、実際にどういうものか、どういう問題をはらんでいるかを考えたことがなかった。

大学のサークル時代にろう者の学生に「日本手話に近い手話をするね」と言われたことがある。その時は、「ふーん。」で終わらせてしまっていたような気がする。確かに、ろう者の学生と(だけ)話すときに声をつけることはその頃から無かった。

大学を卒業し、某家電量販店に就職。いわゆる手話の世界からはいったん離れたが、その時初めて生の手話に触れた気がする。お店にやってくるろう者のお客さんの手話だ。サークルで学んでいた手話とは明らかに違う。それでも「手話が出来ます」なんて名札をつけているもんだから、ウメを頼りにしてやってきてくれる。

考えさせられた。それは手話が通じなかったからではない。

電気屋に通訳を連れて行くなんて難しい。申請して、通訳者決定を待って、打ち合わせをして・・・ウメだったら絶対にムリ。行きたいと思った時に行けない、ろう者が感じるバリアはまだまだ高い壁になっているだろう。そんなときに店に(一応)手話が出来る店員がいるのだ。

お客さんが喜んで帰って、また来てくれて、頼りにしてくれることの喜びは今でも忘れない。しかし、それはウメが「電気屋の店員だったから」だからなのである。おそらく通じたとはいえウメの手話は今よりもずっとつたないものだっただろう。一生懸命に読み取ってくれていたのだろう。

そんなことを考えながら、次第に手話の世界に本格的に飛び込むことを考えた。ウメにとっても手話で話すことで本当の自分を出せるような気がする。その時には2つの手話の違いは漠然としたものでしかなかった。

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2006年4月17日 (月)

手話を撮るのは難しい

初めての取材の感想。それは・・・

「手話を写真に撮るのは難しい」ということです。

手ぶれ補正付きのカメラでブレないようにブレないようにと気を遣ったつもりですが、手話をしている人の場合は手の部分がブレてしまっている写真がたくさんありました。

たぶんウメの写真の技術がまだまだなんだとは思いますが(よくわからなかったのでほとんどオートで撮りました)、こうも手の部分がブレてしまうと対策を考えなくてはいけませんね。

学校の授業での課題を撮るときなどで手話を動画で撮るときの工夫は多少わかりましたが、こと静止画となると難しいものです。 手話をすると必然的に頭や顔も動いたりするので、頭もブレちゃったりしているのもありました。 こういう場合はシャッタースピードを速くして対応すればいいんでしょうかねぇ。

それにしても今回の取材で100枚以上の写真を撮ったのですが、これが銀塩カメラだったら大変なことになっていますよね。 デジタルだからいらない写真はすぐに消去できるし、その場で確認ができます。デジタルマンセー。

会場が狭かったので「広角レンズ」が威力を発揮しました。やっぱり広角で撮れるって便利ですね。 逆にちょこっとズームが物足りないような気がしたのですが、あんまりズームばっかりに頼ってしまうとまたブレてしまいそうなのでこのくらいがちょうどいいのでしょうかね。

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2006年3月10日 (金)

18回目から変更

手話通訳士試験の試験内容が18回目である来年度から変更になると発表がありました。

http://www.jyoubun-center.or.jp/hum-top/slit-top/slit-ent/sltent01.htm

それによると、学科試験は「手話の基礎知識」(あの写真がバンバン並んでいるヤツとか・・・)がなくなり、実技試験では読み取り筆記が無くなるそうです。

おぉ、読み取り筆記が無くなるのはちょっとうれしいかもしれません。その代わり口頭読み取りが2問になるそうです。どちらが良いのでしょうか。

17回の合格発表は今月31日。きっとダメでしょうが、せめて学校の同期の中から1人でも合格者が出て欲しいものです。(他力本願)

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2006年3月 3日 (金)

ワタシはアナタ

今日のK先生の授業は「学院を卒業したらどうするか」を学生がそれぞれ10秒スピーチして、それを同時通訳するというもの。
10秒とあなどるなかれ、これだけでも通訳面では色々難しい。

音声で話している人の隣で同時通訳をするのだが、話している文の中に「私は…」という言葉が必ずでてくる。
その/私/は指さしで表すのだが、通訳者だけを指すのではなく、話している人も指さなくてはいけない。

これができそうでなかなかできない。頭ではわかっているものの、通訳になるとそこまで気が回らない。
見ているろう者にとってはそれがないと誰のことなのかわからなくなる。

指さし一つにも重大な意味がある。

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2006年3月 2日 (木)

どっちが得意?

卒業研究発表会の打ち上げの時にろう者の先生に聞かれたこと。

「日本語対応手話」と「日本手話」。どっちが得意?

ウメは答えにつまってしまいました。どちらも自分が満足いくほど習得していません。日本手話の方は専門学校で2年間勉強しましたが、どうも日本語から離れることが出来ないし、日本語対応手話にいたってはここ最近まともに勉強していないですしね。

先日、試験でしゃべりながら手話をする機会があったのですが、言いたいことが上手く言えませんでした。それを考えると日本手話の方がマシなのかなぁ、と思います。

来月からの(もう来月から!?)職場はおそらく両方を上手く使いこなさなければやっていけない職場です。ウメの今の実力で対応できるのかわかりませんが、実際に仕事を進めながら引き続き2つの手話の勉強をしていきたいと思っています。

夢は両方をバリバリ使いこなせることですねー。あぁ、いつのことになるやら。

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2006年2月23日 (木)

非利き手は無標

手話は基本的に利き手を動かし、非利き手は動かさないという傾向があります。これは手話の文法の一種だそうで、利き手と非利き手の役割が明確に違うようなのです。

詳しい話はなかったのですが、/保障/という手話を表す時、非利き手でグーを作った周りを軽く開いた利き手でまわすように(手話の形と動きを日本語で説明するのは難しいですね・・・。)しますが、ウメが課題のビデオで/保障/という手話をした時に、非利き手、つまりウメの場合握っている左手の親指が立ってしまっていたのです。

この場合、ろう者はその立っている親指に何か意味があるのではないかと気になってしまうそうです。これが「有標」になってしまって、ノイズになっているわけなんですね。逆にグーを強く握るのもこれまた有標。握るのは握るけどそれほど力を配分しない、というのが「無標」なんだそうです。

この「無標」というのがなかなか難しい。意識しないで出来ればいいのですが、意識しないで「無標」というのはやろうと思ってもなかなかできるものではありません。でも、/保障/の場合、親指が立っていたら確かになんだろうと思ってしまいますよね。

気をつけないと。

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/生活/が山

手話の/生活/とう単語。みなさんは左回りでしょうか、右回りでしょうか。

一説には「太陽は東から上って西に沈むから」と言う理由で(相手からみてそうなるように)左回りでないとダメ!(逆かもしれません)なんて話もありましたが、ろう者の間でもどちら周りでなければいけない。というのはないようです。実際右回りの人もいれば、左回りの人もいました。

しかし、ウメの場合は/生活/の動きが円状ではなく、どうも山っぽくなっているのです。ストンって下がる感じ。自分でも自覚はしているつもりなのですが、ついやってしまう。不自然なリズムがついているわけなんですね。

言われればわかるのですが、なかなかこういうクセって直りませんね。

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数字の出し方

手話で「1」から「4」までの数字を表す時、手の甲を前にしますか、手のひらを前にするでしょうか。

基本は手のひらを前に出す形なんだそうです。しかし、「71」とかになると手の甲が前に来るのです。余計な動きをなくさないようにするためなんでしょうかね。また、「1人」やお金の表現を表す時にも手の甲側を前にして表現するそうです。

また、「8」の表し方について苦労されている手話学習者の方も多いと思います。普通は小指を曲げるのですが、できない場合は違う指を曲げてもいい・・・という教え方をしているところもありますが、ろう者はその形には違和感を覚えます。ウメの場合は「8」をするのにさほど苦しくないので大丈夫ですが、難しい場合は折ろうと思うのではなく、軽く曲げるくらいでもろう者は十分識別できるそうですよ。

ただ単に指の数ではなく、数字の出し方にもルールがあるんですよね。

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2006年2月22日 (水)

ナチュラルアプローチ法

ウメの学校で手話を教える時に用いられている方法。

これはどういう方法かというと、目的言語をその言語だけで教えるという方法だ。手話の場合、手話を教えるのに日本語を使うことなく、手話で手話を教える方法。その際に日本語で書かれたテキストや固有名詞を除く日本語は一切使わない。

これはこう!という進め方ではなく、あくまで自然な会話の中で言語を習得しようという方法で、効果が高いことが証明されているそうだ。

ウメもこうして手話の特訓!?を受けてきたのだが、この方法は教える側に技術がないとうまくいかないようである。

手話を教える(手話に限らずだが)ことはとても大変。ちょっと話せるからといって教えられるかといえばそうではなく、それなりの技術と知識を身につける必要がある。ろう者の中にもマーボーさんのように手話教師を目指す志高い人もいるが、なかなか「手話教師」というものが職業として確立するのも難しそうだ。手話通訳も同じだが。

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2006年2月20日 (月)

とうとうとうとう

「とうとうこの日が来た。」

この「とうとう」という意味には様々な意味がある。試験の当日ならば緊張でいっぱいだし、卒業式当日なら感動で胸がいっぱいになるし、楽しみにしていたものの発売日なら楽しくてしょうがない気持ちになるだろう。

日本語の「とうとう」にあたる手話というものは(少なくともウメが知る範囲で)無いような気がする。「とうとう」という意味がもつ多様な意味を通訳するのはどうしよう。

とうとうとうとうとうとうとうとう・・・。

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2006年2月17日 (金)

舞台での手話

先日の学内発表会の時の自分たちを撮影したビデオを見ました。その時はものすごく緊張していたのでどんな風に見られているのか考えもしなかったのですが、後から改めて見るとなると色んなところが気になります。

緊張すると舌が出てしまうクセ・・・、はい、ありました。でも思ったより少なかったです。そして自分ではあまり気づかないのですが、猫背であること。自分では普通だと思っていても友達から言わせれば猫背になってしまっているのだそうです。姿勢が悪いというのは良くないことですよね。直さなければとは思っているのですが、なかなかうまくいきません。足が極度のO脚だということも関係しているのでしょうか。

その他、手話の文章としておかしいところもありましたが、思ったよりも自分の緊張が表に出ていなくてホッとしました。でも舞台用の手話が出来ているかと言うと・・・、うーん。

手話にハリが足りないような気もするし、遠くの人にも見えやすいようにもう少し大きく表出したほうがいいし、落ち着いた手話かというとそうでもないし・・・。

ウメは舞台向きでは無いんでしょうかねぇ。いや、通訳者は時に表舞台に立たなければいけないときもあるのです!そんなわがままは言っていられません。何事も経験・・・。経験・・・。あぁ、緊張した。

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2006年2月14日 (火)

同時通訳をしよう!

久しぶりのK先生の授業。この授業は初めて聞く文章を同時通訳してビデオチェックしてもらうもの。グループに8人いるのですが、その中から1人が当たります。前日に学内発表会の司会じゃんけんでも負けてしまったので、嫌な予感はしていたのですが・・・やっぱり当たってしまいました。

本日のお題は「大会決議」。こういうシュプレヒコール的な文章を通訳することはありそうです。特に業界新聞を作るウメにとってはピッタリ(K先生も言っていました。)・・・。

こういう文章の最後は「~しよう!」「~をめざそう!」。という終わり方。初めて聞いた時に「よう!」と手のひらでやるわけにもいかず、迷ってしまった挙句にグダングダンな通訳になってしまいました。先生が言うにはNMSや文法で対処できるとのことでしたが、ウメにはまだその技術が足りなかったようです。常に眉をしかめた状態での通訳になってしまい、最後の方は聞き取れなかったので想像で文章を作ってしまいました。すると先生がビデオを見ながら・・・。

「ここはウソ、ウソ、ウソ・・・。」

はい、すいません。わかっていたんです。でも何にもやらないよりはいいかなーと思いまして・・・。

「~しよう!」「~をめざそう!」。さぁ、どのように出しましょうか。

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スクリーンはどうしよう

手話では人を人差し指で指すことは失礼には当たらない。これが当たり前な文化で、手話学習者が気を遣って手のひらで指したりするとろう者にとってかえって落ち着かないときがあるらしい。私たち聞こえる者にとっては不思議でならないのだが、そういうものだと思って接している。全てのろう者がそうであるとは言わないが・・・。

さて、人に対してはそうなのだが、卒業研究の発表をするに当たって思ったこと。大きな会場でスクリーンを見せるときには人差し指で示すか手のひらで示すか・・・ウメ的には手のひらで示した方が見やすいとは思うのだが・・・、ココはやっぱり/確認/必要/ってことだ。

赤いレーザーポインターを使うなんてハイテクな事をしてみたいが持っていない・・・。パワーポイント2003から新しく追加された機能を使おうか・・・いや、かえってややこしくなりそうだ。

ちなみに昔学校の先生が使っていた伸びる指し棒(先っぽがボールペンになってるヤツ)が欲しくてたまらなかったので購入した。
少し前の話だが、小学校の先生が持っていたピンクの丸付けペンもかつて所有していたことがある。あれはよかった。まだあるのかなぁ。

 

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2006年1月31日 (火)

国リハについて

何気なくインターネットで「国リハ」と検索したら興味深いメールマガジンを発見しましたので、ご紹介したいと思います。このメールマガジンは・・・

○メールマガジン「語ろうか、手話について」(月1回以上 発行)
発行: 手話サークル活性化推進対策資料室
編集: 徳田昌晃
というもののバックナンバーです。

申し訳ないのですが、ウメはこの方を存じ上げていません。この記事は3年ほど前に書かれたものなので内容はちょっと古いかもしれません。しかし、書かれてある内容は国リハ現役生であるウメにとってもなかなか考えさせられる内容です。<メールマガジン「語ろうか、手話について」は、著作権は徳田昌晃に所属しますが、基本的には転載・複写自由です。有効にご活用下さい。>とありましたので、転載させていただきます。

手話通訳士を養成する・・・手話通訳士という肩書きを持った人をボンボン出せば良い訳ではないのですが・・・。かといって今の数では少なすぎるような気もするし・・・。質の問題もありますよね。・・・とにかくウメも手話通訳士の資格取得に向けてさらに精進しなくては。

みなさんはどう思われますか?それにしても国リハって不思議なところですね。現役生でもそう思います。

***ここから転載文です。***

  では、本題です。長くなりそうなので、2回シリーズになります。今回は国リハと情文センターが失敗と思う理由です。

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  まず「国リハ」です。正式名称は「国立リハビリテーションセンター」で、埼玉は所沢にあります。厚生労働省管轄の学校です。(法律的には、学校ではありませんけど、まぁ、細かいことは気にしない気にしない。)ここには手話通訳学科があり、手話通訳者の養成を行っています。設立当初は一学年10人からスタートしたそうですが、現在は15人、今年からは30人の定員になるそうです。

  国立リハビリテーションセンターのホームページ
  http://www.rehab.go.jp/index.html
  手話通訳学科 (学院)
  http://www.rehab.go.jp/College/index.htm

  国リハに手話通訳学科ができたとき、私は手話サークルに入って3年目ぐらいで、ぼちぼち手話を取り巻く状況を把握しつつある頃でした。その頃に、県ろう協の人の講演で「私たちは、行政に対して、手話通訳の養成、認定、設置派遣を求めて活動している。国リハはその中の養成という目的がかなったものだ」という話を聞きました。当時は、みんな、すごく期待していたという雰囲気がありました。
  それが、だんだんと国リハの話は聞かなくなり、養成といえば、厚生労働省が定めるというカリキュラムをいかに実行するか、そのための予算をどこからぶんどってくるかという話が中心になっていきます。

  そして、現在。国リハに手話通訳学科が誕生して10年ちょい経過しました。数字上は100名以上の卒業生、つまり手話通訳者が誕生しているはずで、その人達は全国あちこちで活躍しているはずです。47都道府県で割り算すれば、1県あたり2人以上です。

  では、皆さんに質問です。

  皆さんの都道府県で、国リハ卒業の手話通訳者は、活躍していますか?

  ほとんど見かけませんよね。私が「国リハは失敗」と考える理由は、これです。養成機関のはずなのに、全然養成されていないということです。

  国リハがまったく成果を出していないわけではありません。以前、手話通訳者の知り合いが国リハで受けてきたという研修内容を教えてもらったことがありますが、実践を交えた興味深い内容でした。それから、最近はあまり話題にならなくなりましたが、「ろう文化」といった考え方を打ち出してきたのは、国リハにそれなりの人が集まり、議論が深まった結果だと思います。これは日本の手話関係の歴史の中で画期的なことでしょう。

  でも、それって本筋ではないと思います。どこかの大学でやるならともかく、厚生労働省が手話通訳学科を国リハに設けた目的は、手話通訳士、もしくは手話通訳者を増やすことにあったはずです。通訳者を増やしてなんぼの組織です。研究よりも教育で結果を出してもらわないと困ります。
  強引な例え話をするなら、ロケットを作っていたら車ができちゃいました、でも、性能がいいから構わないでしょ、という感じだと思うのですが、それはいかんと思います。ロケットを作らないと失敗だと思います。
  全国にくまなく手話通訳者を送り出すことが国リハの目的のはず。日本のどこの県庁所在地に行っても、国リハ卒業生がいるぐらいにならないと、とても成功とは言えないと思います。

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2006年1月21日 (土)

未熟

今実習でお世話になっているところでは、学校で普段習っている手話をすることがほとんどない。あるとすれば声が出せないときなどに実習生同士で会話をする時くらい。
手話をするだけが実習ではないのでそれはそれで構わないのだが、果たして実習が終わって学校に戻った時、また卒業して就職した時に、その人に応じた手話(手話に限らずだが)が果たしてできるのだろうか。
そんなことを最近思う。
学校に二年間通って様々なものを得ることができた。と同時に、それだけではいけない、という気持ちを新たにした。
これは学校に通わなければわからなかったことだし、その分自分の視野が広がったのだと思う。

しかし技術面を考えればまだまだ未熟であるし、ウメ自身がもっと成長しなければいけない部分もある。
それは今後の生活の中の様々な出会いや経験で積み重ねられるのだとは思うのだが…。

やはりどこか不安なところもある。自分のビジョンが明確になっていないからだろうか。
幸い「手話通訳ができる男性」は重宝がられる。だが、「手話通訳ができる男性」で終わりたくはない。そのような人はたくさんいる。
ウメにしかできないような事は何か。それをしっかり見つけることができればウメはまた一つ大人になるのかなぁと思う。

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2005年12月29日 (木)

ブランクが開くと

学校が休みになって1週間。驚くほど手話を使わない1週間だった。

今日、バレーボールの(聞こえない)友人と会って手話をしたのだが、間違える間違える。その友人は口形を読み取ってくれるので会話には問題がないのだが、自分自身の問題ありである。

たった1週間でこんなに衰えるものかと・・・。来年早々に実習に向かうまで頑張って手話の実力を下げないようにしないと・・・。

ろう者と話すのが一番なのだろうが、ろう者と会う機会がない・・・。こりゃ困った。

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2005年12月28日 (水)

血液型と手話

先日サークルの例会でろう者が「血液型がA型とO型の人は手話が違う」と言っていた。

具体的にどう違うかはわからなかったのだが、見ているとその違いがわかるという。ちなみにウメは「A型」の手話だそうだ。

どのように違うのだろうか。几帳面なのかな。

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2005年12月27日 (火)

都道府県ビンゴ

久しぶりに地元のサークルに行ったところ、シュークリームを懸けて手話を使ったビンゴゲームをやりました。

あらかじめ47都道府県が書かれた小さい紙を袋に入れておきます。やり方は通常のビンゴゲームの要領で5×5のマスに都道府県を埋めていき、順番にその紙をひいて書かれてある都道府県を手話で表し、先に1列そろった人が勝ち、というものです。

「都道府県の手話を覚えるのにはいいわー。」とサークルにいたお姉様たちがおっしゃっていました。

ウメは最後から3番目でしたが、賞品のシュークリームがあまりに余っていたため、ゲットすることができました。年甲斐もなく甲高い声で「そろったぁ~。」と叫んでしまいました。あぁ、子供。

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2005年12月20日 (火)

終わりにもいろいろ

手話単語の/終わり/。日本語の「終わり」の意味だけでなく、実に多様な意味を持つと先生が教えてくれた。

例えば自分が苦手なことを遠慮したい時や、何かを決めた時などで/終わり/という表現を使う。

私達手話学習者にとって、こういう多義語を読み取る事は何とかできたとしても、それを自分のものにして表現する、というのがなかなか出来ないんですよ。逆にこれが出来たらろう者並み!?

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2005年12月15日 (木)

結婚だけが

「結婚していれば女は幸せでしょうか?」

こういうウラを含ませた文章を手話に翻訳する場合、翻訳者はどこまで意味を表出するか迷ってしまいますよね。

「結婚だけが女の幸せではない。」と言い切るわけにもいかないし、「結婚は女の幸せ?」というのも意味が変わってしまうし・・・。こういうはっきりとしない話し方を翻訳する場合はいつも悩まされてしまいます。翻訳者の予断を入れてしまうと時に意味が変わってしまうことがありますからね。

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2005年12月12日 (月)

台風の目

手話の文法の中でも大事な要素、CLを練習する授業。

今回のテーマは「台風の目」を手話で説明する授業でした。ウメは担当ではなかったのですが、担当だった人たちは難しかったのか、先生曰く「マジック」の連発。

空気が上昇気流になったと思ったらいきなり雲になってみたり、すごい人は水蒸気を表現したつもりで海面が盛り上がったりと、日本語で書くとあり得ないようなことが手話で起きていました。やっぱり私たち学習者は頭では原理はわかってるはずなのに手話に翻訳すると、ついプロセスをとばしてしまうんですよね。そこをろう者の先生がすかさずチェック。

余談ですが先生が「高校生の頃、台風の目に入ったことがある。」と。ここまでは無い話ではないのですが、「1日ずっと晴れていた。」というのです。それはあり得ないと否定したのですが、ホントだー言っていました。あやしい・・・。夢じゃないのかなぁ。

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名前の違いを

とある授業の課題で「中国の飛行機が墜落した際、当初発表した乗客名簿が間違っていた」問題を取り扱った文章を手話に翻訳するものがあった。

その文をウメが担当したのだが、ただでさえ漢字が多い文章なのに、メインテーマが名前の漢字の間違い。「劉素琴」さんを「劉素雲」さんと間違えて発表したそうなのだ。

これを手話にするのはすごく難しかった。ろう者の先生も「これは難しい。」と言っていたくらい。何もこのテーマを授業課題にしなくても・・・と思うのだが、実際の通訳場面ではこういう文章が出てくることがあるかもしれないので、これも勉強。

空書きは分かりづらいし、「劉」は何かに当てられるたとえのものがないし・・・、大変だった。うーん。こういうテーマは難しい。

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2005年12月11日 (日)

歳のCL

手話で年齢を表すときは/歳/30/などとすればよいのはそうなのだが、たとえば「40歳~50歳だけではなく20代の若者にも広がっています。」という文章を表現するときは、手話を位置の上下を使って表すとわかりやすいという。

40歳~50歳を高めに、20代は低めに表出して比較をわかりやすくするのである。

先生の指導はいつもわかりやすい。こういう「なるほどー」と思える指摘がどんどん出てくる。たとえば自分たちが外国人に日本語を教えようと思ってもこうはいかないだろう。やっぱり専門の訓練を受けて先生家業をしている人は違うなぁ。

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2005年12月10日 (土)

リズムが一定

手話を表すときに気をつけていないとメリハリのない手話になってしまうことはこのブログでもお伝えした。
メリハリのなさにはいろいろな要因があるそうなのだが、その一つにリズムが一定過ぎるというのがある。
見ていると眠くなるそうだ。

重要でないところは速く軽く、重要なところはゆっくり力をいれて表すとメリハリのある手話になるそうだ。
と言われても、たとえば棒読みの日本語を通訳するときはどうすればいいんだろう?
手話にも棒読みならぬ棒出し?(なんだかいやらしぃ〜)があるのだろうか。
少なくても学校にいるろう者の先生を見ている限りではないなぁと思う。
ウメを含む学習者の手話にはよく見かけるけど…。

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2005年12月 9日 (金)

生活ストン

今日の授業で注意されたこと。

/生活/という手話。これがまーるく動かず、途中から下にストンと落ちてしまっているそうだ。そう言われてビデオを見てみると、確かに落ちている。こりゃ生活もダメになりそうだ。

そういえば/生活/という手話の動き。みなさんは右回りですか、左回りですか?ウメの場合は左回りです。ろう者の先生曰くどっちでもいいそうなのですが、先生は左回りでした。一部講習会などでは(太陽の動きがそうだから?)右回りじゃないとだめ、なんて教えているところもあると聞いています。

いずれにしても、ストンと落ちてはいけませんね。

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2005年12月 7日 (水)

学校通訳

通訳と言えば式典での通訳を思い浮かべる場合も多いのではないでしょうか。式典に限らず、何かの催し物で話されることやスピーチを通訳する場合、必ず言われる決まり切った文句がありますよね。

「皆様、本日はお忙しい中・・・」的なものです。通訳をする場合、そこからつまづいてしまうとあとの通訳がボロボロボロになってしまいます。つまり、こういうスピーチ的なものをしっかり通訳する事こそが、その後の流れを作り出すのではないかということなんです。

学校の通訳では、保護者会や面談などもありますよね。今日の授業で話題になったのですが、「偏差値」や「内申(評定平均)」ってどうやって訳すんでしょう?日本語を引用してそのまま理解できるろう者なら引用すればいいのですが、そうでなかった場合、どのように翻訳するべきでしょうか?

そもそも、この、「偏差値」や「内申(評定平均)」って私たちが耳にすることはありますが、じゃあどんなものかをわかりやすく説明しようとすると・・・難しいですよね。辞書には小難しいことしか載っていないし。同じ日本語で説明するのも難しいのに、それを手話で・・・おー、イッツベリーハード。

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ひし形がいい

私たちが手話を表すときは、自信がないせいか、はたまた速く表そうとするせいか手が自然に身体に近づいてしまう。

ろう者の先生に言わせると、その手話は見づらいのだそうだ。

先生は上から見たときに腕がひし形になるように手話を表す(つまりそれだけ手を前に出す)と、手話が全体的にきれいに見えるらしい。確かに。

ひし形、バンザイ。

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ホントは来ない

手話の中でも「多義語」というのは存在する。手話の意味を日本語に置き換えると何種類にもなる単語も多い。

例えば/来る/という手話。実際に誰かが来る、という意味だけではなく「そんなところで寝ていたら風邪引くよ」みたいな文章で/風邪/来る/とやる場合もある。この場合は「来る」とは訳さない。

このような例はたくさんあるとは思うのだが、いざ挙げてみて、と言われるとすぐには思いつかない。でもこういうことを勉強すると、あー手話って日本語と違うんだなぁと改めて思う。

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目線が

ろう者の先生の授業のほとんどは、課題が当たっている人のビデオチェックをしながら進められる。課題があたっていない人はその指摘を見ながら参考にしつつ、疑問に思ったことを質問したりするのだが、先生のほうからもこの表現やってみて。と全員に振られることがある。

昨日は「(お風呂から上がって)子どもの体を拭いて奥さんにバトンタッチしようとしたら奥さんがいなかった」という意味で/体を拭く(動作)/抱える/いない(NMS)/をみんなで順にやることになった。

ウメがやってみるとなぜか同期のみんなが大笑い。先生も「なんかちょっと違うなー。」という顔で見ている。ウメ的には完璧?だったはずなのに。

先生が言うには、手の動きと自分の体がリンクしていなくて関係ないように見える、とのこと。なるほど、手と体の一体感、つまりコラボレーションが足りないっつーわけですな。了解了解。

そしてもう一回。やっぱり笑われた。

あとで聞いてみると、どうやら目線がどこか一点を見つめていたようで、あまりにも不自然で笑ってしまったとのこと。うーん、目線までは気にしていなかったなぁ。

やってと言われるとなかなかできないもんですよ。そう、一度何気なくやったモノマネがウケて「もう一度やってー。」といわれるとなかなかできないのと同じですよ。違うな。

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2005年12月 5日 (月)

自転車はなぜ前に進むのか

どうしてでしょう?

ペダルをこいだら前に進むのですが、それだけではなく、自転車の構造をCLをふんだんに使って手話で説明する課題にウメが当たりました。

その発表。

ペダル、歯車?《正式名称何ていうんだろう》、チェーンなどをあわただしく説明したのですが、自分でもあんまり理解しないまま説明してしまいました。その証拠に、歯車は前輪と後輪のところにあると思っていたのです。本当は前輪と後輪の間に一つと、後輪のところに一つですよね。

チョット考えれば分かるようなことなのに、手話の表出ばかりに気をとられてしまい大きな勘違いをしてしまいました。

それにしても自転車はどうして前に進むんでしょうか?

ウメは小学生のころ。、自転車を発明した人は天才だと思っていました。自転車に乗れるようになると子供でも行動範囲がぐっと広がりますよね。エネルギーも要らない地球に優しい乗り物である自転車。

一度見直してみませんか?

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2005年11月25日 (金)

マーカー

油性マジックのことではありません。

でもなんて説明すれば良いんだろう。手話の文法の一種とでも言いましょうか。手話の中で動きを一瞬止めて、インパクトを持たせるような役割をするものとウメは解釈しました。うーん、上手く説明できないですけど。

例えば「日が暮れる」と「日の入り(時刻)」の場合、手話の動きは同じものになります。「日が暮れる」の場合は太陽を表した利き手がそのまま下に下がっても良いのですが、「日の入り」の場合は、非利き手のところできっちり止まらなければいけないのです。きっちり止めることによって”マーキング”し、日の入りの時間を表す事になるそうなんです。

また、人数を表すときも片手だけで「○○人」と、サッと表してしまうよりは、利き手で数を表し、非利き手で「人」と表現すると、ろう者にとって数字が印象づけられ、見やすい手話になるということです。

なるほど、手話のこういった動きの中の「静止」も重要な役割を持っているんですよね。

くれぐれも言いますが、油性マジックのことではありません。

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2005年11月22日 (火)

前へ、右へ左へ、上げちゃだめ

手話を表す範囲があるのだが、ウメはその範囲が狭いとK先生に言われた。こういうことは先生に言われて初めて気づくもので、VTRを見てみると確かに手話をしている範囲が狭い。

全体的に手話を表すのが体に近いそうだ。

そして、左右の範囲も狭すぎてわかりにくくなってしまっているという。左右を表すときは体の向きを変えるのではなく体は正面を向いたまま微妙に左右に動かす。これがわかりやすいしゅわを表すコツなんだと思った。

もう一つ、先生に言われたこと。

「手話をするときだけ肩が上がってるよ。あんまり肩上げてると頸肩腕になるよ。」

あらまー。さようでございますか。どうして上がっちゃうんでしょう。ウメの姿勢が基本的に悪いこともあるんでしょうね。

あー、どんどん改善点が・・・。

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2005年11月21日 (月)

規格・・・

「規格」という日本語。辞書で調べてみると「工業製品・材料・工程などに対して定めた基準。」ちなみに英語にしてみると「standards(原則として複数形)」。

さて、手話ではどうやって表しましょう。

ウメが困ってしまったのがDVDの「規格」。/基準/、/種類/、/方法/、/技術/???

あれ、通訳できない。

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2005年11月18日 (金)

テンが長い

ウメが今日の授業で先生に直されたこと。

日本語で言う「、」の間が長すぎる。そのせいで自然な手話に見えない、とのこと。テンの間が長い、なるほど。VTRを見てみると確かにそうだ。ウラ話をすると、その長い間の間に次の文章を必死に思い出していたりするのだが、それは言い訳。

文章をある程度の長さ暗記するのも手話通訳者には必要。それはわかっているのだが、あの長い文章をなかなか覚えられない。本当は手話に翻訳してから手話で覚えるのがいいのだろう。しかしウメにはなかなかできないのだ。

文章と文章の間は不自然に短く、文章中の間は長い、なんとも不思議な手話をするウメなのだ。

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2005年11月16日 (水)

通訳性難聴に・・・

K先生の授業、最近は初めて聞く文章を同時通訳して、その出来具合をチェックしてもらうもの。

この授業は1人ずつあたるのだが、久しぶりにウメが担当になることになった。この順番の決め方は「マッチ棒」を用意して、ひとつだけマジックで先を赤く塗り、赤いマッチ棒を引いてしまった人がその日の担当、というなんとも古典的な方法だ。

そんな方法で見事に赤いマッチ棒を引いてしまったウメ。

お題は「サマータイム」について。

話の概要は「高校野球の中継を見ていて自分の地域はもう暗いのに、テレビの中はまだ明るい」「日本でも日の入り時刻が土地によって違う」「日本でもサマータイム導入が論議されているが、機械の調整や日本の気候に合わないなど反対意見も多い」「まだまだ議論が必要」といった感じ。

ウメは必要とされる情報、例えば日の入り時刻や土地の名前など、数々の情報を見事に落としてしまった。今までは聞こえているのに追いつかないとか、表現に困ってしまう、というのが多かったのだが、今回はそのものが聞こえなかったのだ。

通訳をする前に、「今日のお題はサマータイムだよ。」と聞いて、よし、やるぞ。と思っていたら、その文章の出だしが「高校野球を見ていると・・・」

えー、高校野球!?

意外な始まりに頭がマッチロになってしまいました。その後はもうボロボロ。こんなことで通訳士試験に合格できるのでしょうかねぇ。

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2005年11月14日 (月)

/家/帰る/

手話で「家に帰る」と表現する時は、大体/家/という手話と/帰る/という手話をつかう。この/帰る/という手話。体のほうに向かって動かすことが多いが、そうではないことがあると、先生が教えてくれた。

例えば「これから家に帰る」というような、「自分の家に行く」という意味で「帰る」を使用する時は、体から離れる方向に動かすという。考えてみればそうだ。/帰る/は体のほうに動く!と思い込んでしまうと、応用が利かなくなってしまう。

こういうところで意味を掴んで通訳することができればなぁー、としみじみ感じた。

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2005年11月 8日 (火)

簡単は簡単じゃない???

以前ウメが担当した模擬授業の就職面接バージョンを今日、再放送した。模擬授業を振り返って、通訳論を学ぼう、という授業だ。

ウメが通訳者として座っている姿が映し出され、なんだか気持ち悪い笑顔をしている画面の中のウメに、自分でも若干違和感を感じた。

さて、その通訳中のこと。

「ご出身の学校を簡単に教えてください。」という面接官の質問。

私たち聞こえる人なら、本当に出身の学校だけではなく、学科や、あわよくばその学校で何をしてきたなどを答えるアピールポイントとして活用するだろう。

しかしろう者に/簡単/を使用して通訳をすると、本当に「○○学校です。」と簡単に終わってしまうことがあるかもしれない、ということだった。確かに、日本語の「簡単」と手話の/簡単/は似て非なる部分があるかもしれない。安易に言葉のまま通訳してしまうとよろしくないことにもなりかねないんだなーと痛感した。

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2005年11月 7日 (月)

自然とはいかなるものか!?

ウメが通訳をしている様子を見て先生が「自然な手話じゃない感じ。」と言った。

ウメ自身もなんだか無理矢理表出しているような感じはしていたのだが、見事に指摘された格好だ。先生は「もっとろう者の手話を見て学ぶと良い。」と教えてくれた。

確かに考えてみると、最近(学校の先生以外で)ろう者の手話をまじまじ見る機会が少なくなっているような気がする。いろんな手話を見てこそ、話し方や技術を盗むことが出来ると思うのだが、それも出来ないでいる感じがする。学校生活が忙しいことを自分の中で言い訳にしている。それはよくない。

卒業後もとりあえず手話に携わる仕事をすることが決まったので、少しでも手話が上手くなりたい。その気持ちはもっているのだが、実際に何をすればよいのか。技術が頭打ちになってしまっている今、少し立ち止まって考えてみる必要がある時期なのかもしれない。

こういう時期だからこそ、学校外に出たり、いろんな人とふれ合うことによって自分の視野を広げる、ということが必要なのでは・・・。

頭ではわかっている。でもやる気がでない。

自然な手話がしたい。自然はどこにあるのだろうかー。

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2005年11月 1日 (火)

寄付なのに

授業中にウメがやらかした失敗。

/寄付/という手話の動きを逆にしてしまったため、「いただいたー」みたいなニュアンスになってしまった。ろう者の先生は笑って「ろう者はお金関係にはうるさいから間違えたら大変だよー。」と言っていた。

確かに、間違えたら大変だぁ。

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2005年10月25日 (火)

/OK/にもいろいろ

「OK」というサインは手話を知らない人でもよく使うだろう。しかし、手話で言う/OK/は、いわゆるオッケーという意味だけではないようだ。意味を使い分ける時は、表現方法が微妙に違ってくる。

たとえば、(文章でうまく書き表せないが)口をつぐんで表現すれば「間違いない」というニュアンスに、口をホの字にして表現すれば「ちょうどいい」に、うなずきと共に表現すれば「わかった」・・・などなど。

もちろん、ここに挙げたのはほんの一例。これ以外にも様々な意味を持っている。

/手話/オッケー/になる日はいつ来るのだろうか。

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2005年10月20日 (木)

/普通/はどっち?

例えば食事をした時。

「この食事/普通/だね。」と言われた場合、おいしい方に近いと受け取るのか、まずい方に近いと受け取るのか、どっちでしょう?また、日本語で言われたとき、手話で言われたとき、ろう者が言った場合、聞こえる人が言った場合、いろんな場面でよく使う。

聞こえる人は、「普通。」という言葉をよく使う。どっち!ってほどではないが、判断しなければいけないときにとりあえず「普通。」と言ってしまうことが多い。

それが、結婚生活の話になった場合。

「まあ/普通/だよ。」なんていわれたときには、「あぁ、うまくいってるんだな。」と思う。

日本語も手話もなかなか難しい。

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/一人で/が/かわいい/

ウメが担当だった翻訳の授業にて。

「夫の帰りが遅いので一人で夕食を食べていた」という文だったのだが、ウメの手の形がおかしかったようで、「一人」が「かわいい」になってしまっていた。

「かわいく夕食を食べている。」なんて言い方はあんまりしない。/一人/の右手の手の動きが/かわいい/を表す時のようになってしまったのだ。

これまた意味が違ってしまった。

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2005年10月19日 (水)

一歩間違うと

手話の形には同じようで違うものがたくさんある。私たち手話学習者にとって、その形を間違ったりしてしまうと、一気に意味が変わってしまう。

ウメのことではないので申し訳ないのですが、とある授業で/真似をする/とやりたかったものが、/バカ/の手の形になっているものがありました。見た瞬間、先生が「/バカ/って・・・。」と。

ウメにも/バカ/に見えてしまいました。でも本人としては/真似をする/とやっていたのです。わざと間違えるわけではありません。

ウメもこのような間違い(音韻のエラー)をよくやってしまう。ウメの場合は先生に「なんか違うなあ。」と言われることが多い。「なんか」って何ですか?そんな微妙な間違いをしているのですか?ウメは・・・。

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2005年10月16日 (日)

いよいよ来ました

「聴力障害者情報文化センター」から一通の封筒が届いた。

そう、手話通訳技能認定試験、つまり手話通訳士試験の二次試験の受験票だ。いよいよ受験の時が近づいてきている。

昨年一次試験に合格したので、今年二次試験を受けなくて良いことになっている。しかし、今年二次試験に落っこちてしまった場合、来年はまた一次試験から受けなければならないのであーる。あぁ、もう一次試験なんて合格できない。お勉強できない。

二次試験は読み取り(口頭・筆記)と表出通訳。

読み取りの筆記はメモの字が汚くて思い出せず。口頭読み取りは日本語がどうもおかしい。表出通訳は日本語に引っ張られる。

うーん、どうだろう。あと1ヶ月半でなんとかなるかな。

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2005年10月12日 (水)

八ツ墓村

今日の授業でのこと。

同時(表出)通訳の練習だったのだが、その文の中に「八ツ墓村」が出てきた。赤ちゃんがお風呂の湯船の中に入ってしまって、足だけが出ている状態を「八ツ墓村」と表現してあったのだが、ウメは「八ツ墓村」の内容を知らなかった。

ろう者の先生が「池があってそこに人がさかさまになって沈んでいく・・・」というようなシーンを説明してくれたのだが、ウメはいまいちピンとこない。

で、ウメが表出することになったのだが、「八ツ墓村」の中で人が沈んでいくシーンをなんだか飛び込みをやっているような勢いで表現してしまった。想像できなかったからなのだろうか、それともただ単にウメが下手くそなだけなのだろうか。

ところで、「八ツ墓村」って映画なんですかね?

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聞こえる人がよく使う

聞こえる人がよく使い、ろう者はあまり多用しない単語が4つある。

/時/、/だから/、/(~の)ため/、/でも/の4つの単語だ。この単語を全く使わないというわけではないのだが、多用すると日本語にひきつけられている手話の文になってしまうとK先生は言っていた。

確かに、この4つの単語、ふと気が付くとよく使ってしまっている。先生いわく、こういった単語は、NMS(非手指動作)、分かりやすく言うと手の形だけではなく、顔の表情のようなもの(正確には表情ではなく、そこにも文法というものが存在するとのこと。)で表現できる。

また、肘から先の手だけで手話をしても、ろう者には伝わりにくい、とも言っていた。

手話は文字通り「手の話」と書くが、実は手と同じくらい大事なのが顔だったり、身体の動きだったりするのだ。(これは以前も「顔話」で書いたが。)

これからウメは/時/、/だから/、/(~の)ため/、/でも/の4つの単語、出来るだけ減らすように頑張ります。

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2005年10月 9日 (日)

リプロダクション

金曜日の授業にウメは疲れたサラリーマン姿のVTRで登場した。

授業のタスクの中で英語の「通訳」のトレーニング方法を紹介した文章を「手話に翻訳」してVTRに収録する。ウメの担当は「リプロダクション」である。文章は、音声言語から音声言語への通訳トレーニングを対象にしているので、それをそのまま手話文に翻訳するのはとても難しかった。

京都疲れもあってか、やはりウメの手話はグダグダ。CLとロールシフトが足りないとの指摘を受けた。確かに、ウメはCLとロールシフト表現が苦手で、ついついかかれている日本語につられてしまう癖がある。これを直さないと一流の通訳者にはなれない。

先生は厳しく、しかし丁寧にウメの手話を直してくれた。丁寧に直してくれることはありがたいことだ。何も言われなくなったら終わり、とよく言う。

いつまでも直されて成長できるように、がんばりたい。

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2005年10月 4日 (火)

からくり人形

からくり人形をCLをふんだんに使った手話で説明してみよう!

今日、本来担当だった同期がお休みのため、急遽ウメが代わりにからくることに。(「からくり人形」の説明VTRを撮ることをからくると勝手に命名してしまいました。)

結果、からくれませんでした。

有名なお茶を出すからくり人形をさらりと説明した後、階段を下りていくからくり人形を説明したのですが、転げ落ちていく様子がどうもダメだった様子。先生も「コレは難しい。」と言っていました。そして、チョロQのようにいったん引いて話すと進んでいくアヒル?のからくり人形を説明。これもなんだかオドオドしてしまって上手く伝えられませんでした。

そしてVTRの締めは/からくり人形/大事/今後/残す/大事/思う/私/でした。なんだーこの言い切りの文はー。なんだか上手いこと締められなかったので無理矢理締めた結果こんな文ができあがってしまったのです。

当日撮影はやっぱりウメには向きません。

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あれれれれ?

もしかしたら最近のウメは手話が微妙に下手になってきているかも。風邪のせいもあるのかもしれませんが、なんだか手が動かないんです。頭の働きがどうも悪いような気がします。

読み取りも出来ているとは言えないし、なんだか一時期のピークを越えてしまっているような・・・。専門学校に通っているのに技術が落ちていく、なーんてことはあってはいけないんですけどねー。大丈夫かウメ。

とりあえず体調を整えてからウメペースを取り戻したいと思います。

なんだか心配だなぁ。

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2005年10月 2日 (日)

言ってることはわかるけど

同時通訳、特に大学の講義通訳はとっても難しい。講義の専門性はもちろん、先生の話も速いので通訳も大変。

今回は法律関係の授業を担当したのだが、先生の言っていることは法律の話にしてはわかりやすいのだが、それを手話で通訳するとなると容易なことではない。法律関係だと専門用語もたくさん。意味をとって通訳をすればいいというものでもない。専門用語をそのまま表出しなければいけないときもある。

ある程度時間がたったところで脳が溶けそうになってきた。ふつうに聞いていても難しい講義を通訳しているわけで、ウメの頭はパンク寸前。

先生の言っていることはわかるんだけど、どう通訳してよいかわからなくなること多数。ウメにもっと手話の語彙があればなー。

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2005年9月28日 (水)

大阪パワーはろう者でも

長崎での実習。ウメは後半は野球競技のお手伝いをさせてもらった。受付や弁当の配布、その他雑務を担当させてもらったが、仕事のない時間も多く、ろう者と話す機会がたくさんあった。

野球の長崎チームの監督の奥様と知り合いになり、その日の夜にある野球チームの交流会に参加させてもらった。そこには長崎のチームの他に、大阪のチームの選手達も来ていた。参加者は約40名程度。その中で聞こえるのは同期3人だけだ。(もう1人選手の子どもがいたが)

いやー、酔っぱらったろう者の手話は速い速い。こっちもお酒を飲んでいるので読み取るのが精一杯。それでも何とか会話についていけたのだが、特に大阪の選手達はものすごかった。なんと言っても明るい。そしてにぎやか。スキンシップ多数。これが大阪パワーというものなのだろうか。先生も「やっぱり大阪のろう者は違うでしょ?」と私たちに確認するくらい。

いつもは学校で手話の海にもまれているが、それが手話の「しけ」になったようだった。でも交流会の中で一番楽しく、一番勉強になった時間かもしれない。気を遣っていない生の手話に触れることが出来た貴重な時間だった。手話を覚えるにはろう者と飲むのが一番と言うが、やっぱりその通り。でもある程度手話がわからないと???な時間になってしまいそうだ。

それにしても「目」と「手」をよく使った時間だった。

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2005年9月27日 (火)

フォーム改造

読み取り通訳の授業担当のI先生はよもやま話がお好き。通訳技術のことを他の話にたとえて話をしてくれる。そのよもやま話のおかげで授業時間をいつも越えてしまうのが・・・なのだが、それはご愛嬌と言うことですよね、先生。

手話通訳の読み取り通訳について先生はよくボーリングの投球フォームにたとえて話してくれる。なんでも、自己流のフォームで150点取れている人が(まぐれではなく)200点を目指そうと思ったら正しいものにフォームを改造しなければならない。その間は70点とか80点しか取れず、自分がその間我慢できるがどうかがポイント、とのこと。

これを手話通訳の読み取りにも当てはめる事ができるそうだ。読み取り通訳には正しいもの、というのはないが、タイプは色々。例えば見えた単語をそのまま話してしまうタイプ、まとめて話すタイプ、淡々と話すタイプ、話し手に寄り添って話すタイプなど、様々。より正確な読み取りに近づける為、また場面に応じて話し方を変えなければいけないため、読み取り方のバリエーションをたくさん持っておいたほうが良い。

読み取り方もタイプを変えている途中は全く手話が見えなくなるときもある。ウメも見えたものすぐ話してしまうほうなので、少しためてからきれいな日本語で話せるようにフォーム改造中。おかげで読み取りの日本語がよく分からなくなってしまっている。

上手く改造できればウメはまた成長・・・できるかな。

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2005年9月26日 (月)

グダングダン

実習の疲れもあまり取れないまま今日から授業開始。

ウメは早速「コロンビア号の空中分解」を手話で説明する担当に当たっていた。事前にビデオ収録しておく課題なのだが、実習前には撮ることができなかったので久しぶりの当日収録となった。

疲れのせいにしてはいけないのかもしれないが、手話がめちゃくちゃ。コロンビア号が空中分解する様子や、スペースシャトルが飛んでいく様子、宇宙ステーションなどのCLが全くできず、先生にビデオを止められまくってしまった。

今回の担当は2人だったのだが、1時間の授業のうち50分をウメで使ってしまったので、もう一人の人は数分で終わってしまった。それくらい直すところが多かったのだ。自分で見てもグダングダンなのが良くわかる。

最後のまとめでは「CLとロールシフトの勉強必要!」。はい、ごもっともです。

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2005年9月25日 (日)

そんなに揺れるのか

帰りの飛行機内でのこと。関東地方は台風の影響がまだ残っていて風が強かったそうだ。
帰りの飛行機内にもろう者がいっぱいいてある意味異様な光景だった。
フライトアテンダントさんが立って話しているろう者に手話で…
「台風の影響で、揺れるかもしれないので、シートベルトをお締め下さい。」といっていたのだが、
「揺れる。」の時の飛行機をかたどった右手がすごい揺れていた。左右45度ぐらいだった。

そんなに揺れたらただごとじゃないと思うのだが…。

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2005年9月24日 (土)

長崎の方言

長崎の言葉でよく耳にするのが「~けんねー。」。
手話にも地名をはじめとして、いくつか地元ならではの手話がある。
そのなかで驚いたのが、「お願いします。」という手話。

長崎では手を胸の前で組む動作で表す人もいるそうだ。キリスト教の影響が強かった地域だからだろうか。

方言の成り立ちを聞いているだけでも勉強になる。

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2005年9月22日 (木)

長崎は大阪風?

手話の方言の例を出すときによく/名前/という手話が使われる。
東京は手のひらに親指をあてる形だが、大阪をはじめとする西日本は胸に/メ/の形をあてて表す。

長崎の人たちは皆大阪の形で表していた。
長崎独自の手話を見られることもあるだろう、それも勉強の一つ。じっくり見させてもらいたいと思う。

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2005年9月21日 (水)

結婚式

通訳の実践授業の最終日。最終日は毎年模擬結婚式を行い、結婚式での手話通訳のあり方を学ぶために、同期みんながそれぞれの役になりきって結婚式の「てい」で授業を進める。

同期のMさんがちょうどおめでたで、この際祝ってしまおうということで、Mさんの結婚式ということにしよう!と決まった。Mさんのだんなさんになる人、Mさんのお姉さんがわざわざ遠方から来てくれるという。

場所もいつも授業で使っている教室ではなく、学校の最上階にある大研修室を使用させてもらって、結婚式場の雰囲気を出した。ウメ母にも手作りケーキを作ってもらい、本当の結婚式になるべく近づけるようにした。

ウメは仲人役。新郎新婦のプロフィールを紹介する役だったのだが、あまり練習していなかったのと、大勢に見られていたことで緊張。予想通りグダングダンになってしまった。それでもなんとか自分の役目を終えた。

結婚式では牧師(役)が英語で二人の愛を確かめ(かっこよかったー。)、披露宴ではキャンドルサービスや、友人の出し物、上司の祝辞、家族への手紙など、本物の結婚式に行ったことがないウメにとっては参考になるものだった。

そこに手話通訳が4人。事前打ち合わせはしていたものの、次々と繰り出される皆の動きに通訳担当の同期もアタフタしている様子だった。臨機応変に動くのはわかっているのだが、わかっていてもなかなかできないものである。でも、通訳を担当した人は本当にいい経験ができたと思う。

ウメは仲人役をそこそこに、音楽や照明、プロジェクターの操作など、いつのまにか裏方さんになっていた。裏方さんはきらいじゃないのでいいのですが、ここでも機器委員。キカイといったらウメであることは役になりきっても抜けないようだ。

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2005年9月19日 (月)

ゆっくりやって

手話を表現するときはある程度の速さを持って表現しなければならない。よく、手話を学習する人でゆっくりやって、という人がいるが、ゆっくりやってわかるならともかく、いずれは速い手話にも対応しなければならない。

例えば「おはようございます。」。日本語でもゆっくり「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す。」と言われても余計わかりにくい。ゆっくりでもある程度意味がわかる速さを保持しなければならない。そこの調整が非常に難しい。何でもゆっくりやればいいものではないところが難しい。

手話通訳をするくらいになると「ゆっくり・・・」などと言ってられなくなるところが悲しいところだ。あぁ、待ってください。

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2005年9月16日 (金)

カメラを向いてください

今日は放課後、地域のろう者に通訳技術を教わる講習会の日。参加者はウメを含めてなんと3人!あらまー。みっちりじゃないですかー。始まった途端いきなり聞き取り通訳をさせられた。しかも2題。案の定手が動かない。あぁ、だめだぁ。

後で自分の手話をVTRでみるのだが、「どうしてお前はフラフラしてるんだ?押したら倒れそうだ。」と言われてしまった。ウメの癖は通訳中に身体が動いてしまうこと。それは自分でもわかっているのだが、聞き取り通訳をしているとどうしてもその癖が出てしまう。

自分でも「どこを向いているんだろう???」と思ってしまう。これでは女優・・・、いやいや俳優・・・、いやいや、うたのおにいさんになれない!もっとカメラを向いて自信を持って手話をしなければ!!

とりあえず通訳士試験でもカメラに撮られるわけで、試験本番までにその癖を直さないと合格できなさそうだ。とりあえず、通訳に夢中になりすぎないで、カメラにも気を配りましょう。

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2005年9月14日 (水)

違いがわからない

今日の授業で困ったこと。

「エアコンから風が出ている様子」と「上方にあるスピーカーから音が出ている様子」を表現したのだが、先生に「同じに見える」と言われてしまった。
自分でも頭の中で念じながら?やったのだが、残念ながら思いは通じず…。
先生が手本を示してくれてそれを真似するもできず…。???のままあえなく終了。

あぁ、くやしいー。

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2005年9月13日 (火)

業界用語

手話を勉強し始めてからはや7年。本格的に勉強し始めてからはそれほど経っていないとはいえ、手話や聴覚障害の世界について一般の人よりは知る機会が多くなった。
そんな中で、自分はわかっている言葉でも、手話を全く知らない人には通じない言葉というのも出てくる。

例えば、「ろう者」「聴者」。「ろう」という言葉は、差別の意味が込められているのではないかと思っている人も多いかもしれない。また、聴者というのはろう者に対して、聞こえる人のことをさす言葉なのだが、馴染みがない。
また、「口話」もそうだろう。パソコンの変換でも出てこないほどマイナーな言葉だ。(パソコンの変換が全てではないが。)同期の友人はいつもパソコンの変換が一発で出ないことに怒っているが、実際の認知度はそんなところなのかも知れない。

自分たちは知ってしまっていることを、知らない相手にいかにわかりやすく伝えるか。これは通訳者としての課題でもあるし、聞こえないということ、手話のことを広めるためにも大事なことだと思う。
知らない、ことは悪いことではない。ただ、知っている人が少しでも多くなれば、今は業界用語でも、広く認知される日が来るだろう。

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2005年9月12日 (月)

手話とピッチング

野球中継を見ていると「緩急をつけたピッチングでいいですね~」なんて解説者が言っているのをよく聞く。何度もこのブログでお話ししているが「張り」と「緩み」だ。これは手話にも当てはまる。

今日の授業で同期が手話をしているVTRを見て、「すこし固い」と指摘していた。何でも手話単語が始まる点と終わる点までの動きが速く、固いそうなのだ。確かに、ウメもVTRを見ていて固いなーという印象を受けていたが、なるほど、こうやって解説してもらえるとわかりやすい。

ピッチャーでもストレートばかりでも打たれてしまう。時にはカーブやフォークなどの変化球を使って、バッターを打ち取る。ひょっとして手話も同じ???カーブばかりの手話だと力が無いように見えるし、ストレートばかりだと力が入ってしまう。

緩急をつけた手話で、めざせパーフェクトピッチング。

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とりあえず/とりあえず/

/とりえあず/という手話。両手の人差し指を上に向けて交互に上下させる動作。

ろう者は、この手話を「とりあえず」という意味だけでなく、話の転換に多用する。特に学校のK先生が使っているところをよく見かける。こういう場合、通訳上では積極的に日本語にしなくても良い単語だ。

同期の中でも手話を話すときに、この単語を使っている人を見かける。ウメは今のところまだ使えない。読み取れるが自分の語彙として持っていないのだ。実際の通訳場面で使う単語ではないかもしれないが、この/とりあえず/がうまく使えるとろう者っぽくなりそう。

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舌がでた

ウメは集中して字を書いたりすると舌がちょっと出てしまうクセがあるのは以前書いたが、手話にもそのクセがでてしまった。

「アリの巣と女王アリ」をCLをふんだんに使って表現するという内容。
なかなか難しい。なんせ本物のアリの巣の中身を見たことがないので、イメージをわかせづらかった。

で、アリの巣を表現している時にウメの舌が出ていたのだ。同期は誰も気付かなかったが、さすがろう者の先生。何かおかしい、とビデオを巻き戻し、見事にバレてしまった。

きっとアリの巣を表現するのにウメは必死だったのだろう。それにしてもクセを見つけられるのって恥ずかしい。

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2005年9月 9日 (金)

オカマ手話

ウメは最近、先生達に「お前はオカマ手話だ」とよく言われるようになった。一部の先生からは「ウメ子」と呼ばれるようになり、女性的キャラクターになっている。まぁ、自分でもおばちゃんくさいところがあるのは認める。つい「あらぁ~。」と言ってしまったりするし、スーパーのかごが似合う2ウン歳の学生はなかなかいないだろう。(母の影響いと強し)

性格が手話に出るからなのだろうか、それとも学校の先生に女性が多いからなのか、ウメの手話もオカマ手話なのだそうだ。男ー!という感じはしないそうだ。あのー、あなた達に教わってこうなったんですけど・・・、どうしたらよいでしょうか。

もっとも、学校の先輩の男性の中には「オカマ手話」の人が多いらしい。毎年必ず1人はいるそうだ。こういう学校に入ってくる男性はどこかそういう気があるのだろうか・・・、うーん。

もっとも、自分ではオカマっぽくやっているつもりは全くないわけで、改善のしようがないわけで、要するにオカマ手話のまま通訳者になれってことですかね。

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新しい手話の動画

全日本ろうあ連盟のホームページに今回の衆議院議員選挙に関係する手話単語が動画で発表された。(厚生労働省より標準手話研究事業を受託している全日本ろうあ連盟日本手話研究所は、第44回衆議院議員総選挙に際し、必要な手話単語を確定しましたので、発表いたします。)と書かれている。

ちょっと見てみたが、なぜか斜め前に向いて手話をしている。どこを向いていらっしゃるのでしょうか。「アスベスト」、「刺客」なんて手話も載っている。今年の手話通訳士試験を受けるなら覚えておいた方がいいかもしれない。

でも、何で斜め前を向いているんだろうか。気になる。

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2005年9月 8日 (木)

子どもは息子しかいないのか

今日の授業。手話のVTRを読み取ってメモ書きし、10分間で清書するという手話通訳士試験にも出てくる方式で行われるもの。その中で、VTRの中の話し手は、自分の子どもが夫とあまり話さなくなった、といった事を話していた。

いつものようにきったない字でメモをとって、さて、清書をしよう、そら書けた。先生に発表するために1回目を読み上げる。最後の方はあまり読み取れなかったので、ぼかーして書いた。そして、2回目を見て、間違っているところや読み取れなかったところを修正する。そしてまた読み上げる。今度はまあまあ書けたかな。

・・・先生が、「ねぇー、どこかに息子が見えたー?」・・・、えっ。周りの同期も頷いている。そして先生がVTRを改めて再生してくれた。

む、息子がいない。VTRの手話では「/私/夫/子ども/最近/・・・」あれ?息子じゃなかったっけ?ウメは先生に思わず「年頃の男の子どもはあまり父親と話したがらないので(ウメ家の兄がそう)てっきり男だと思ってしまいましたー。」と言い訳。先生、苦笑です。

きったない字で書いてあるメモにはちゃんと「おっと、こども、さいきん・・・」と書いてあるじゃないかー。なぜ清書の段階で息子と断定してしまったのだろうか。先生も言っていたが、「先入観は怖い。」まさにその通り!試験では確実にダーメ。ちなみに、その子どもはその後の文章でどうやら娘さんだという表現が(はっきりではないが)あって、ウメはまさに反対の方に思いこんでしまっていた。

やっぱり清書したら読み返す時間がないといけない。手話通訳士試験本番では10分間の清書の時間があるので、2分ぐらいは見直す時間を作る勢いで書かなければならない。ある意味手が忙しい。

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2005年9月 7日 (水)

1,000円で

今日の通訳の授業でのこと。

「1000円で出来るだけ贅沢な花束を作ってください。」

さぁ、手話表現はどうしましょう?ウメは困ってしまいました・・・。/千円/出来る/範囲/ぴかぴか/花/お願い/・・・。先生には通じません。/ぴかぴか/?は?と言われてしまいました。今でも良い表現は思いつきません。

実はこの文章、手話通訳士試験の過去問題の中にあるものなんです。通訳士試験にはこういう文章が多いそうです。こういうのがサッと意味をつかんで出来ると試験合格は近いですね。

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2005年9月 6日 (火)

油断はするな!

手話を読み取っているときに、話の流れが大体予想できそうな時、少しは安心して手話を見ることができる。「こんな話になるだろう。」という予想があれば、手話を理解する手助けにもなる。時に、全く反対のことをしゃべられたりもするが・・・。

しかし、本当に注意しなければいけないのは、その読み取った後の手話。ほっとして見ていると、話が終わって切り替わったときについ見落としてしまいがちだ、と先生がアドバイスしてくれた。案外そういうところで見落としてしまって、通訳士の試験でも文がつながらなくなってしまうことも多いそうだ。

なるほどー、そこは大事だ。分かっているようで気がつかないポイント。さすがベテラン現役通訳者でもある先生の言うことは違う。参考になる。

じーっと手話を読み取っていると本当に疲れてしまうので、適度に流れをつかんで自分で読み取る力を調節しなければいけない。しかし、油断はするな、ということですね。

手話通訳、スキも見せられません。

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「・・・みたいな」

読み取り通訳の時につい言ってしまった言葉。手話もはっきり読み取れているのについしゃべってしまった。先生に「それは読み取れているか不安だったから曖昧にした若者言葉?」と聞かれたので、「いえ、そうではなくてつい出てしまったんです。」と回答。

それにしてもウメは見えたものをすぐしゃべってしまう。少し待てば話の筋が分かって単語が読み取れているのに「・・・みたいな」ということはなかろうに。

嘘は言ってはいけませんが、通訳ははっきりしないといけませんね。

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2005年9月 5日 (月)

/自然/と/自動/

この2つの手話。音韻が似ているようだが違う。今日の授業でそんな話が出た。授業の中で通訳を担当していた人の手の動きが曖昧で、どちらとも取れるようなものだったらしい。

確かに、この/自然/と/自動/、動きも手の形も似ている。違いはウメが推察するに「張り」と「ゆるみ」だ。ブログにも何度か書いてあるが手話の動きにはこの「張り」と「ゆるみ」が欠かせない。この場合はそれだけではなく、若干手の動きも違った様に見えたが・・・。

ろう者の先生はこういうところを細かく指摘してくれる。私たち手話学習者にとってはなかなかない機会だ。学校にいると、こういうことに慣れすぎてしまいそうだが、この一つ一つの指摘を自分のものにしていけば、手話通訳者は近い?かも。

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2005年9月 1日 (木)

読み取っているとき・・・

ウメの学校では、手話を表現する授業だけでなく、手話を読み取って同時通訳する授業もある。手話通訳者はどちらの技術も必要なのでこの授業も大切なのだが、この読み取りがなかなか難しい。自分が話していることなのに何を話しているのかを忘れてしまう。そして、文の最初と最後のつじつまが合っていなかったり、変な文になっていたり・・・。

ウメの場合、後から文字起こしなどをして気づくのだが、「・・・と言うこと」「・・・という風な」など、「・・・と言う」を多用している。文字起こしをして初めて気づくのだが、かなり多い。気になる。一度気になってしまうとイヤになってくる。授業中は全く気がつかなかったが、聞いていた同期や先生は気になっているのだろうか。

また、手話を見て一瞬で日本語を作ることの難しさを実感する。見ているだけなら意味はわかるのに同時にしゃべるとなるとこれが/パー/です。最近は多少マシにはなってきたが・・・。よく男性は2つのことを同時に出来ないと言うが、やっぱり通訳も女性の方が得意なのだろうか。

いずれにしても後期の授業が始まったらまた頑張って読み取らなきゃ。

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2005年8月29日 (月)

きれいな手話・・・ではない

今日、都内で通訳をする機会があったのだが、その通訳を終えた後パートナーさんと話していて、「まだきれいな手話になりきれていないね」という話になった。

ウメの場合、手はよく動くのだが、そもそもの座る姿勢が悪く(猫背)、身体も前後によく動くので、テレビで見かけるようなきれいな手話ではないのだ。きれいだからいいというわけではないのだが、やはり流れるような手の動きで、見ている人にもはぁ~と思わせるような手話を目指したい。

日常生活がそんなきっちりとしていなのが手話にも出るのだろうか、それとも普段のウメのしゃべり方が出ているのだろうか。いずれにしても「セレブな手話」にはもうちょっと遠い。

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2005年8月24日 (水)

指さし余分かも…

最近のウメの手話には、文末に指さしが入ってしまうことが多い。よくあるのが/私/だが、そうではなくてどこを指しているのか分からないような指さしもある。

今日、弟に「お父さんとヤマダ電機に買い物に行くけど行く?」と聞くと、何しに行くのかと聞かれたので「ラジカセとゲームを買いに行くんだよ。」の文の最後に、なぜか父の方に向けて指さしをしてしまっていた。でも弟には通じたようだ。

これが手話文法的にあっているかどうかは分からないが、何でもかんでも指をさせばいいものではないだろう。

先日の実習の時も、講師の話が過去の話を例にして持ち出すときなど、ウメは手話の中で後ろの方を指さしをしていることが多かった。ウメの中ではたぶん「先生が昔の話をしている」と言うことを伝えたかったのだが、さすがに指さしにそんな文法はない。

手話の中で指さしは大切なのだが、使い方を間違えないようにしなくては…。

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2005年8月23日 (火)

夢中

夏休みでの手話通訳実習では、対象者1~2名、通訳者3名の対面通訳という形で通訳実習が行われた。もちろん、通訳をするのは1人ずつで、15分ごとに交代する。

ウメの場合、自分が通訳をやっている最中何とか伝えよう伝えようとして夢中になりすぎる傾向があるようだ。もし間違った通訳をした場合や、聞き取れなかった場合などにフォロー担当の人がいるのだが、フォローが入れづらい通訳だと後になっていつも反省する。通訳をしている真っ最中は、自分が夢中であることに気がついていない。

本来、手話通訳は文の内容を正確に理解するために、一歩引いた視点で通訳をすればいいのだが、どうもそこまでの技術と余裕がない。でもそのへんはこれからの学校での授業でも勉強できるし、今後場数を踏めば改善されてくるだろう、と前向きに考えてしまうウメなのであった。

でも夢中になれるって素敵です、よね・・・。

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2005年8月20日 (土)

借用と意味

手話通訳では、専門用語など日本語からの借用を中心にして表現する部分と、文章の内容・意味をつかんで表現する場合がある。この使い分けがバッチリ出来れば手話通訳士は近づいてくる。

ウメの特徴として日本語からの借用が多いことだ。つまり、通訳中もウメの頭の中は日本語でいっぱい。まぁ日本人ですから仕方ないと言えば仕方ないのだが、通訳として手話に変換する以上、日本語をある程度頭の中から取り去る必要もある。これは特に聞き取り通訳の時に重要だ。

逆に読み取り通訳では、日本語の力がとっても大事になる。日本語のボキャブラリーが多ければ多いほど豊かな読み取り通訳が出来るからだ。

通訳中に、話し手が何か例を出して話をするときには、日本語の借用ではなく、意味をつかんで具体例を出すなど、手話通訳においての専門技術が求められるのだが、その使い分けがなかなか難しい。これが他の言語通訳者とは違うところなのかもしれない。

日本語の借りっぱなし手話でもダメ、意味をつかんで文章を変えてばっかり手話でもダメ。匠の使い分けが必要なのだ。なんということでしょう。

しかし、手話は手話でも日本語を置き換えた手話もあるわけで、その使い分けも出来るようにならなければ真の手話通訳者とは呼べないのだぁ。

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2005年8月15日 (月)

手が犬

とある通訳実習中のこと。
自分は全く気付いておらず、後から言われたこのなのだが、
文の切れ目に手のに力が入っていなくって犬のようだということだった。
自分では全くの無意識でだったのだが、言われると恥ずかしいものである。

手が犬になってるってどんな通訳だ…。
気を抜いてはいけませんね。

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2005年8月12日 (金)

顔話

実習先でお世話になっている人と話していた時に面白い話を聞くことができた。
手話は「顔話」だというのだ。

手話は手だけ見る言葉ではなく、手も含めた顔の周辺全体を見なければならない。
極端な話、顔だけでも話すことができるよねーなんて話にもなった。

確かに、顔の表情と指差しさえあれば成立する会話もある。
その人が試しにやってくれたのが、「あの娘がウメのことを好きらしくて、私は告白すればいいよって言ったんだけど、恥ずかしいからできないって言ってた。ウメはあの娘のことどう?」という文。
その人の表現がすばらしかったのもあったのだが、ちゃんと文になってました。
要するにそこに文法があればいいわけで、手を動かすだけが手話ではないのだなぁーと改めて実感した。

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