カテゴリー「連続ウメダス小説」の記事

2009年2月 6日 (金)

<少年D>~第一章(5)

すっかり原稿がこないので催促したらあっさり来ました。久しぶりの連載ウメダス小説です。

<少年D>~第一章「誕生と幼少期」(5)~

誰でも経験するだろう初恋は突然やってきました。
同級生にまみちゃんと言う女の子がいました。同学年のマドンナと言ってもおかしくないほど可愛い女の子でした。
聾学校幼稚部では、給食があり、皆で食べる給食が楽しみなD。給食では、皆で机を並べて食べるのですが、ある日、何故かDはまみちゃんの隣に座りたくて、自分の机をすばやく並べることを狙っていました。でも、それを狙うのはDだけでなく、かっちゃんやマートも狙っていたのです。

マート:「オレが一瞬早かったぞ!まみちゃんの隣はオレだろ?!」
D:「そんなわけない!まみちゃんの隣はボクだ!」
かっちゃん:「もういいよ。私はあそこに座るわ」
D:「マートはかっちゃんの隣でええやろ!」
マート:「分かったよ・・・」
D:「よっしゃ。まみちゃんの隣はボクだね」

 大満足しながら、まみちゃんと机を並べながら給食を満喫するD。今、思えば、それがDの初恋だったのは言うまでもない。Dはまみちゃんと一緒に居れるだけで幸せと思ってたらしく、告白することもなく、手をつなぐこともなく、そのまま幼稚部の卒業を迎えました。
 Dはこう思いました。(幼稚部では、はっきり言っていい思い出は無かったなぁ。でも小学校では作れるだろうなー)と。そんなDは、難聴児学級を併設した小学校へ進学することになっていたのでした。
 
~続く~

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2008年11月14日 (金)

<少年D>~第一章(4)~

お久しぶりの昭鶏大和さんの連載小説でございます。どうぞお楽しみくださいませ。

<少年D>~第一章「誕生と幼少期」(4)~

聾学校幼稚部へ通うことになったD。同級生は全部で9人いたのだが、かっちゃんとマートとの出会いは大きかったのは間違いないと言えよう。馬原節子先生の体罰を辞さない発音訓練に耐えながらも、かっちゃんとマートで3人で遊ぶ時間はDにとっての楽しみタイムだった。

かっちゃん:「見てみぃ!巨人ジャイアンツの帽子や!かっこええやろ。」
マート:「ええなぁ。買ってもらったんか?!よっしゃ私もねだって買ってもらおう!」
・・・数日後・・・
マート:「俺も巨人ジャイアンツの帽子を買ったで!やっぱ巨人ジャイアンツは強いよな!」
かっちゃん:「せやろ!せやろ!巨人ジャイアンツは最強や!」
D:「なぁ巨人ジャイアンツより、西武ライオンズが強いんじゃない?」
かっちゃん:「そんなわけーなか!」
D:「私は西武ライオンズの帽子を買うわ!うん!」

 そんな中、Dは聾学校幼稚部で初恋と言ってもおかしくない経験をすることになる・・・。
 
~続く~

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2008年9月12日 (金)

<少年D>~第一章(3)~

<少年D>~第一章「誕生と幼少期」(3)~

ヘッテ先生のお言葉が頭の中を駆け巡っている中、わらにもすがる思いで母は私を連れてある大学付属病院へ向かいました。
Dは色々な検査を受ける羽目になり、泣き叫んでいたのでした。無事に検査も終わり、あとは結果を聞くのみでした。

医師:「色々な検査結果を精査しましたが、お子さんは耳が聞こえないようです」
母:「え・・・?間違いないんですか?」
医師:「えぇ。何度も見直しましたが、間違いなく耳が聞こえません。一生治りませんが、訓練すれば喋れるようになります」
母:「訓練したら喋れるように・・・?それはどこなのですか?」
医師:「耳が聞こえないお子さんが通う聾学校の中にあります。まずは一度見学に行くことをお勧めします」

 Dは耳が聞こえないことが判明し、一般幼稚園ではなく聾学校幼稚部へ入学することになりました。聾学校幼稚部では、両親との同行を義務付けていたため、母は仕事を辞めざるを得なくなりました。
 こうして母と一緒に聾学校幼稚部へ通うことになったのです。そして馬原節子先生との出会いもここでした。馬原節子先生は、聴覚障害を持った子どもでも訓練すれば喋れるようになるという考え方を持ち、それが実現されるならば、体罰だって必要であるという教育方針を持つ先生だったのです。母とDの苦悩はここから始まりました。

~続く~

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2008年9月 5日 (金)

<少年D>著者プロフィール公開

昭鶏大和(しょうけい・やまと) ~プロフィール~

1981年、京都府生まれ。大阪府立身体障害者職業能力開発校製版アート科卒。CFJ入社後、ディビジョンセンター時代に未公表作品『私は私』を執筆(21歳)。22歳で退社し、以後活動に専念。

処女作として、『少年D』を執筆中。日本文化を踏まえながら、独自の作風を打ち出す作家として、多くの人々から慕われている。

一方、憲法九条の改正を防ぐ「九条の会」を設立したほか、積極的に政治活動を行っている。

現在、様々な面でのコラムニストとして活躍中。

ウメ追記:おそらくフィクションです。いろんな意味で。

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2008年9月 4日 (木)

<少年D>~第一章(2)~

~第一章「誕生と幼少期」(2)~

母は、呼んでも振り向かないDに対して違和感を持ち始めたのだった。

母:「そう言えば、発音もまだできていないわ・・・」
父:「いっぺん病院に見てもらうか」
母:「そうね。見てもらうに越したことはないし」

 母はDを連れて診療所に向かった。住んでる町でたった一つの診療所。その診療所には、変人だが天才だと評判のヘッテ先生がいた。本当は児島先生なのだが、何故か住民からはヘッテ先生と呼んでいたのである。変人のへと天才のてを組み合わせただけのヘッテということだから、ヘッテ先生も気に入っていたようだった。

母:「実は、Dにいくら呼びかけても振り向かないんです・・・。発音ももどかしいようですし」
ヘッテ先生:「振り向かない?ふむぅ。簡単な検査だけでもしてみましょうか」
ヘッテ先生:「お子さんは耳が聞こえにくいかも知れませんね・・・。まぁ精密検査を受けてみないと何とも言えませんが。大学付属病院への紹介状を書きますんで、大学付属病院で精密検査を受けてきてください」
母:「え?耳が聞こえにくい・・・?」
ヘッテ先生:「断言は出来ませんが、そう見ています」

 こうして母はヘッテ先生から紹介状を渡された。紹介状を握り締めては、もし耳が聞こえないとしたらどうなってしまうのだろうという思いが駆け巡っていたようだった。

~続く~

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2008年8月28日 (木)

<少年D>~第一章(1)~

~第一章「誕生と幼少期」(1)~

「オギャーッ」

ロナルド・レーガン米大統領が狙撃を受け、重傷を負う。スペースシャトル「コロンビア」が初のスペースシャトルミッションで打ち上げ成功。郷ひろみ、「よろしいんじゃないですか」と微笑むコマーシャル(キンチョール製品)で世間を風靡。

 私が生まれた年の出来事である。父は団体職員、母は工場の従事労働者という貧しい家庭に生まれた。しかし母は私のせいで工場を退職しなければならない事態に陥るのだが。
 そして姉、兄を持つ末っ子として育っていくことになるのだった。

 生まれて1年経った頃だろうか。順調に育っていったように見えた。しかし母があることに気付いてから、事態は一変した。
母:「D!」
母:「D!」
 母が何回も私の名前を呼んでも、私は一切に反応しなかった。いや反応できなかったというのが正しいかも知れない。

~続く~

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2008年8月22日 (金)

<少年D> プロローグ

ウメダス新企画!投稿による連続小説を始めます!タイトルは「少年D」。まずは著者より届きましたプロローグから掲載します。はたしてどのようなストーリーになるのでしょうか・・・。

~プロローグ~

 ポツダム条約に屈した日本。戦争の傷跡などで荒野になった日本。敗戦国から経済成長を経て経済大国になった日本。バブル崩壊で天国から地獄へ転落した日本。いまや不景気からなかなか抜け出せず、必死にもがく日本。

 「少年D」は、そんな日本を舞台にし、そういった時代を背景に生き抜いてきた少年の生き様を記した物語です。

 人間の生き様とは、十人十色と言ってもいい。しかし「少年D」が見てきたもの、聞いてきたもの、話してきたもの、実感したものを感じてもらえば幸いである。

著者 昭鶏 大和

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