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2016年11月22日 (火)

ウメの手話との関わりを振り返る(後編)

で、2回目の就職。全日ろう連京都事務所で日聴紙を作ることになる訳です。ここではじめて「ろう運動」について詳しく知ることになります。というか、いきなりろう運動の最先端のところに入ってしまったわけです。そしてろう者と仕事をする、全国レベルで活躍しているろう者に会うことも増えました。ここで視野が一気に広がりましたし、活動の難しさや一般社会への普及の重要さを身にしみたような気がします。この辺から通研の活動も積極的にするようになりましたし、全日ろう連のお偉いさん方に顔と名前くらいは覚えてもらいました。今でもこの繋がりは貴重だと思っています(向こうはお忘れになっているかもですけどね)。

そして兵庫の協会へ転職。こちらは仕事としての通訳をする機会が大分増えました。何せ直属の上司にくっついて出歩くことが多かったですし、電話通訳とかがものすごく多く、そういう意味ではここでも経験をたくさんさせてもらいました。全国を見て凄い人、頑張っている人のことは何となく分かったのですが、地域の生活で困っているろう者と接したい、と感じて都道府県の協会に就職した、という理由もあったりして、やっぱり兵庫県内・神戸市内のろう者に接する中で、”運動”とはまた違った課題がたくさんあって、それが解決できたりできなかったり、身近にある問題に接することができました。自分の手話のレベルで言うとここが最高点なのかなーと思ったりします。手話でケンカもしましたし、恋愛は…したのかしなかったのかは言いませんけどw。

今の仕事。手話メインからちょっと、というか大分離れました。自分の気持ちの中で整理がなかなか付かないところではあるのですが、離れてみてやっぱり「手話と関わりたい」という気持ちが大きくなっています。時折仕事で手話をするとだいたい「生き生きしているね」と言われます。自分でもそう思います。自分が生き生きするために手話通訳やるわけじゃ決してないんですけど、やっぱり自分のモチベーションって大事だと思うんです。でも手話から離れているということは、手話の技術はやっぱり落ちていくんですよね。それを実感して焦りも出てきています。今の自分に与えられた業務をないがしろにするわけではないですし、それで生活させてもらっているので大事ではあるのですが、「手話どっぷり」から久しぶりに離れてみて思う今の自分。どうするべきか…考えなきゃいけませんね。

手話通訳の自分だからできること、しなければならないこと、やりたいこと、やりたくないこと、してはいけないこと…ろう者(弟)と出会って35年、実際に手話をはじめて19年目になります。手話がなかったら自分の人生は大きく変わっていたでしょう。それだけ自分にとっては大事なものです。もちろん、「手話はろう者の言葉」であることは忘れてはいけませんが、聞こえる人との橋渡しをどうしていくか、聞こえる立場からどうやって手話を広めていくか、自分自身も手話通訳として技術や知識を高めていくか、毎日の仕事に追われながらふと考えることが多くなりました。

じゃあ何かやってるか、というとそうでもないんですけどね。また手話の海にどっぼーんといってしまうのだろうか…どうしたらいいでしょうねぇ~って自分の人生は自分で決めるんですけど。と、つらつらと書いてみました。

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