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2013年8月14日 (水)

8/13 報道ステーション リアルタイム手話通訳(下)

福島県浪江町、避難区域再編後初めてのお盆   
原発事故で避難区域に入っている福島県浪江町が「避難指示解除準備区域」(そのまま手話でやっても伝わるかどうか…ややこしい)になったため、日中は自由に立ち入れるようになりました。お盆と言うこともあって、家族がお墓を見に来たのですが、ほとんどが流されてしまっている惨状が映し出されていました。震災から2年半経ちますが、まだまだ復興、というにはほど遠いようです。

小学館ビル取り壊しで“落書き”
耐震強度の問題で9月からの取り壊しが決まった東京・神保町の小学館ビルの壁に“落書き”された漫画キャラクターを一目見ようと、連日、大勢の人たちが訪れている。小学館ビルの完成は1967年。当時、「少年サンデー」で連載がスタートした「オバケのQ太郎」が大ヒットとなったため、「オバQビル」とも呼ばれた。今回、壁に描かれた“落書き”は、ビルの取り壊しを惜しみ、藤子不二雄(A)さんや浦沢直樹さんら漫画家25人が自作のキャラクターなどを描き込んだもので、浦沢さんや島本和彦さんが、石ノ森章太郎さんの「サイボーグ009」を描くといった遊びもある。16日までは、午前8時半から午後8時までシャッターを降ろさず、外からでも見やすいようにするという。

初めて知りました。小学館ビルに漫画家さん達が落書きをして話題になっているそうですね。実はマンガにあまり詳しくないウメですが、「オバケのQ太郎」やサイボーグ009はなんとかわかりました。でもオバQは彼?の姿をCLで表現すればよかったかも。髪が3本で目がくりくりして白くて…ってそんな時間はあったのかしら。漫画ファンにはたまらないスポットになっているそうですね。「神保町」って地名はどうしたらよかったかな、と。

関門海峡で見つかった米軍機雷を爆破処理
本州と九州を結ぶ「関門海峡」(地名の手話はやはりわからない…”門門海峡”みたいな表現になってしまいました)で「機雷」(これもどうしたら良かった。海の中の爆弾、でよかったかな)が見つかり、昨日自衛隊による爆破処理がされました。太平洋戦争中に関門海峡には5000発の機雷が投下されたそうで、毎年処理をしているんだそう。結構な高さまで水柱が上がっていましたよ。戦争の負の遺産はまだ残っているんですね。

       
このあと、お天気とスポーツ(プロ野球→メジャーリーグ→高校野球と野球三昧)を挟みまして特集。       
       

命を救う尊厳さえも奪った戦争         
戦地の病院で負傷兵の看護にあたった従軍看護婦やひめゆり学徒隊。今回、命がけで看護活動を行った3人の女性に話を聞いた。ソ連が進攻する満州で、地上戦の始まった沖縄で、そして戦後の福岡で行われたこと。『命を救うこと』その使命に命をかけて現地に行った少女たちの“たった一つの大切な尊厳”さえも戦争は奪った。          
         
ご覧になった方はいらっしゃったでしょうか。非常に重いテーマで、戦争の悲惨さを改めて実感させられました。と、当時に戦争経験のない平和ボケで育ってきた自分がこの証言をきちっと通訳できていたのか…という悩みにもぶつかりました。現地に行った3人の少女の証言を取材したものです(記憶なのでエピソードが入れ替わっているかも知れません、ご容赦ください)。         
・旧満州で従軍看護婦として従事し、戦況が悪くなり病院から撤退をするとき、動けない負傷兵に「青酸カリ入りのミルク」を飲ませたこと。兵士が「これが人間のすることか!!」と叫び、「お母さん!」ともがき苦しみながら死んでいった…。         
・沖縄のひめゆり学徒隊。何の医療器具もない野戦病院で必死にけがをした兵士の傷にわいたウジ虫をとっていた。戦火が激しくなるにつれて水の補給も命がけ。さらに撤退する時には兵士に「青酸カリ」を注射。苦しむ兵士を押さえつける役割をさせられた…。         
・戦後1年。急に集められて命じられたのは、引き上げで帰ってきた女性達の堕胎手術。現地で乱暴され、望まない妊娠をさせられていた。疲れ切っており、体は痩せ、お腹だけが大きかった。当時は医薬品不足のため、手術は麻酔無し…、どの女性も必死に歯を食いしばって手術を受けた…。         
         
どれも悲惨な体験談でした。そもそも看護婦(看護師)の役割は「命を救う」こと。上の3つの例はどれもその”尊厳”すら奪われてしまった、そして「それが戦争だから」という言葉で締めくくられていました。当時は止むを得ない事情がたくさんあったかもしれません。今では信じられない常識だってあったでしょう。その時のことは思い出したくもなかったのでしょうが、決して忘れ去られることのないよう、取材に応じてくださったと言います。         
         
それを30半ばの自分が手話通訳をしてどれだけ悲惨さを伝えられたか。どんなに上手な手話ができても、その人の記憶やそこからわき出る感情までは通訳することはできません。通訳としてはそれで良いのかもしれませんが、どうしたらよかったのか…とても考えさせられました。

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