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2013年3月23日 (土)

大げさくらいがちょうどいい

昨日の話とも絡むんですが、日本の聞こえる人って表情を前面に押し出したり、身振り手振りを使ってコミュニケーションをするのが苦手な人多いですよね。そもそも「視線を合わせる」ということも得意ではありません。これはよく言われる日本人の習性というか特性というか(あえて”文化”とは言いません!)、多かれ少なかれあることだと思います。

何でそうなのかについては、「文化人類学」的な壮大な話になってしまいますし、そもそもそこら辺にはあまり興味がない(だってそうなってるんだもん)ので、あんまり話しません。でもやっぱり「教育」が大きく影響しているのかな、と思ったりはします。かつての「武士道」の精神?あんまり大げさにジェスチャーすると大げさに思われる?「察する」「奥ゆかしさ」「行間を読む」…いろいろ理由はあるかと思います。

それで何が言いたいかというと、ご存じの通り(身振り手振りとは違いますが)手話は手を大きく動かし、表情豊かにしないとなかなか通じるものではありませんよね。特に手話を覚えたての方の(恥ずかしそうに、必死に単語を思い出しながらの)能面の様な顔で、スローテンポでちょっと形とか動きとか違ったりする手話はなかなかわかりにくいところがあります(悪いと言いたいわけではありませんよ。みんなそこから始まります。ほとんどのろう者は優しいので「うんうん」と微笑みながら見てくれます)。

さっきのは極端すぎる例。じゃあ、手話通訳者はどう?確かに手話の単語もそこそこ覚えていて、日本語に追いつくくらい手話で表現ができるかもしれない。でも、無表情で、手の動きも必要以上に最小限で、見てもらいたいんだかわからない感じの人…いますよね。

そりゃー日本語を聞きながら同時に手話に翻訳して表出するんですから、頭の中はフル回転。しっかり翻訳して、手の動きも雄大に、表情も豊かに…そこまで考えてられんわい!という気持ちも十分にわかります。自分もそうですから。読み取りも同じですね。順序が逆なだけで、手の動きはともかく、話し方が単調にならないようにしないといけません。

でも!でも!でもでもでもでもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ! By小島よしお

すみません。ちょっと言ってみたかっただけですw

そう。見ているろう者、聞いている聞こえる人には関係のない話。手話にしろ音にしろ最終的に出てきたものが全て。それに通訳者は責任を負わないといけないわけですよ。あ、つい通訳の話になっちゃいました。今回は聞こえる人が手話をするときの話。

普段の音声の会話は自分のそのままで、そこまで変える必要はないんですよね。手話という言葉を話すとき、ある意味”大げさ”な感じも含めたものが「手話」である、と思ってやらないと、ろう者に「おぉっ!」って思ってもらえる手話はなかなかできないんじゃないかと思います。

嘘 大げさ 紛らわしい byJARO

「大げさ」って書いたら思い出しちゃった。こんな通訳はダメですよ!(結構いますけど!最終的にわからないから良いだろうと思ってるでしょ!ダメ!メッ!)「大げさ」っていうのも”比喩”であって、通訳の際に話し手以上に大げさにやっちゃダメですよ。

…話がそれました。手話学習者・手話通訳者の手話は「大げさくらいがちょうどいい」…かも、というお話をしたかったのです。ちなみに、最近自分はこの辺を心がけています。もちろん、正確さはそのままに。どうかなぁ~わかりやすくなっているかなぁ~。

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