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2012年3月 4日 (日)

Twitterまとめ その9 収まらない批判編

くすぶっていたものが例の新聞記事でどどーんと。とりあえず新聞社にはメールしておきました。今読んでみると大分怒っている自分…(^_^;)新聞社からは「すいません。ご意見はみんなで読んでいます。担当部署にも伝えました。今後指摘も踏まえます」と返事が来ました。担当記者からは…アクションないだろうな。では以下まとめでございます。   
   
ぐだぐだ文句ばっか言ってないで中に入ってやったら。   
好き嫌いはともかく、個人的に恨みがあったり仕返しをしてやろうとかいう発想はありません。あの時はあれで良い経験でしたし。   
わかろうとしないのはどっちだ?と取り巻きどもにいいたい。   
インテリ仲良しグループにしか見えない。   
自分たちが正しくて、わかっていて、周りはおかしい、って思っている。の、割には面倒なことはしない。   
自分たちが最大の理解者だ!あの人たちだけがわかってくれてる!…ふーん、で?   
結局無駄な壁を作っているのは自分たちなんだ、ってことに気づいていないのかもしれない。いや、わざとやっていて王国を作りたいだけなのかもしれない。   
それで周りが見えなくなる…「一般」との乖離。知らないことが悪いんじゃない、気づかないことが悪いんじゃない、だってそういう世の中になってるんだから。そこをどうしようか、ってことを考えて行動しなきゃ。ただ「社会が悪い」って言ってるだけじゃ「言うだけ番長」だよ。   
時には自分の思想や理念を曲げて(抑えて)行動することだって必要。   
はい。違ってて当たり前だと思うのはそうなんです。そういうものだと受け止めていただければいいのですが、見えないところで文句を言ったりしているようで、生産性がないな、って。   
ありがとうございます。おっしゃる通りですね。ただつい反応してしまうところが私の悪いクセ。ほっときゃいいのに、とたまに言われます。   
はい。大したことはできなくても自分のできる範囲はなんだろう、と考えながら行動するようにしています。リアルタイム手話通訳もその一つなのかもしれませんね。   
自分達の思想を広めたいがために「一部が全部」みたいな言い方をされたり、明らかに誤解を招くような言い方をされたり、調べてもいないのにこうだ!と決めつけられたりすると黙っていられない性格。   
わかる気がします。発信する側が気をつけないといけないところなんですけどね。今のままでは混乱を生むだけのような気がします。   
どんなSNSでもネットツールでも本でも学会でも何でも、考え方や姿勢が同じならあんまり変わりない。「方法」にしかすぎないんだから。   
格言みたいなことばっかりつぶやいたりリツイートする人は自分の言動や行動を見返すといいさ。   
うまいこと言ってるつもりだろうけど。   
ポロッとでてきた同調的な意見に必死に乗っかるのは恥ずかしいよ。最近よく見かけるけど。   
「欧米では~」。ここは日本。   
何だかんだで行動や結果が伴っていないと「信頼」は得られない。仲間内の信頼じゃないよ、外から見た信頼ね。   
「まぁまぁ」「なぁなぁ」で済まされることが多かったりするけど、それじゃいけないこともあるよなぁ。必要な時もあるけど。適切な使い分けが必要だ。   
私はつい批判してしまうタチなのですが、そこから何かが発見できることがあるかな、と思っています。   
私たちは聞こえるんだから「ろう者」のフリやモノマネをしなくても良い。聞こえる立場で接すれば良い。無理に取り入る必要はないんだよ。その前提をふまえたうえで互いを尊重したコミュニケーションをすればいいと思う。   
そりゃ自然じゃないのは当たり前だよ、もともと身についた言葉が違うんだもん。たいていの聞こえる人(手話通訳者含む)手話より音声のほうが自然。それ以外は何かしら頭は働いてるしぎこちなくなる。逆もまた然り。でもそれを嫌がらずに(語弊があるが)当たり前にやるのがコミュニケーションでしょ。   
どちらかの「自然」に飛び込んできてくれる人だけを受け入れているようじゃ世界は広がらないわ。   
↓下3つは某学校時代の実話。今は知らんけど。↓   
同じ手話表現でも「ろう者に教わった」→○、「聞こえる人に教わった」「本に載っていた」→×。なんじゃそりゃ!   
大会要員の手伝いをするときは聞こえる人じゃなく、必ずろう者の指示を受けなさい。はぁ?   
このフロアにいるときはろう者になりきりなさい。無理。   
今週末は気力体力回復の日。若いんだからと言われても疲れてしまったんじゃあ仕方ない。ってか学生の頃からこんなんだったなぁ。   
テレビを消すのは結構な節電になるよ。   
「しんどいと言いながら仕事を抱え込む」と言われた。確かにそうだ。ここ最近ずっとそうだった。気をつけよう。   
月刊「公益法人会計」という雑誌があったら定期講読したい気分。3月号の特集は「固定資産計上と減価償却」希望。わからん。   
占いチョコ、「みらい」→「×」。終わりました。   
日聴紙なう。あの記事見たらまた一部で発狂する人が出そう。記事自体はあっさりめだけど。でもその通り(声明)だと個人的には思う。   
賛否両論あるだろうけど、北海道ろうあ連盟と札幌聴覚障害者協会は勇気ある行動に出たと思う。スルーしてるだけじゃだめ。   
これに対して「数の圧力が」とか「一部の役員が」とか「会員の声を聞いてない」とかと言い出すのは正しい反論ではないと思う。自信があるならちゃんと説得できるはず。   
もうすぐ3.11が近づいている。メディアで振り返るとかまとめる動きが出ているけど、避難生活をしている人もいるし、原発も安定したわけではないし、現在進行形なんだと思う。ネタになるかもしれないけど、メディアが振り返るには早すぎると思う。個人ではいろんな思いがあっていいと思うが。   
北海道ろうあ連盟と札幌聴覚障害者協会の手話に対する見解の記事です。   
聞こえない人がいないのに聞こえる人同士で手話会話する(させられる)違和感。違うか。   
高松市通訳派遣問題。一部知っているうえでひねくれた考えの方はともかく、制度を知らないために「何がおかしいの?」と思う方のことも考えて行動しなければいけない。ただ「おかしい」「差別」ではピンとこない人はたくさんいる。身内なら当たり前であっても、そうじゃない人がいるから問題が起きる。   
多かれ少なかれ皆不便や憤りを感じていて、泣き寝入りすることもあったんだと思う。名前を出して提訴に踏み切った彼女の行動力はすばらしい。面倒なことは何もしないで好きなことばっか言って仲間うちでつるんで文句ばっかり言っている人より数倍もすばらしい。   
「仕様」とか「規格」っていう単語はものすごく手話通訳しづらい。個人的な感想。   
昨晩、夢で公益法人会計のソフトで固定資産を計上する仕訳にうなされた。昼もうなされたんだが。   
あとは手話通訳がお母さんみたいな人(どうしても間違えられるし気を使う)ばかり、というのはあると思う。   
制度上仕方ないとは言え、ある程度前に申請しなきゃいけないし、通訳者の年齢も性別も選べないし、時間変更も気軽にできない。なら今の若者は筆談とかで何とかしよう、というのはわかる気がします。   
今いろいろ運動が盛り上がってきているが、キモになるのはどう「一般化」していくか、だと思う。より多くの人に関心を持ってもらうか。どんなに真っ当なことを叫んでも「自分には関係の無い」と思われてはその声は届かない。従前のやり方にこだわらず、様々な方法を模索する必要があると感じる。   
真正面からせめていくだけではなく、時には(表現が正しいかどうかはわからないが)魂を売る、くらいの工夫が運動側にも必要。「わかってもらう」ってそれだけ難しい。特に今は多様な考え方がある(昔からあったんだろうけど)時代だから。   
良く結婚したら手話通訳の必要性に気づいた、という話を聞きますが、社会とのつながりが無くても(無い、というと語弊があるかもしれませんが)独り身ならそれなりにやっていけるのもわかる気がします。   
やっぱり自分だったら申請して通訳決まるの待って待ち合わせして気を使って、ってのはイヤかもしれません。なら一人で行っちゃえ的な。でもやっぱりそうは行かない現実があるので、より使いやすいものにしなくては…。市町村で区切られるなんて論外。   
今週、手話通訳を目指したい、という男性に2人も出会った。   
わかりやすい自作自演だなぁ。   
駅で遠足らしき小学生がいて、元気に「おはようございまーす!」って言われたから「おはようございまーす」って返した。いい気分になったけど、元気が足りないな自分と思った。張り切っていこう?(^-^)/   
またこんな鵜呑みの記事書いて。あー気持ち悪い。 東日本大震災:暮らしどうなる? 手話通訳「分かりにくい」 - 毎日jp(毎日新聞) http://t.co/4RQqVuxX via @mainichijpnews   
卒業しても通訳にならない人は結構たくさんいます。   
いや、目指しているかどうかはそれぞれです。就職斡旋も皆無に等しい中、資格はともかく、通訳として生活している方はホンのわずか。それが悪い訳じゃないんですけどね。   
手話通訳「分かりにくい」 http://t.co/MwhTR0NJ   
言われた通りに書いている感じですね。メディアの中立性はどこに行ったのかと。   
内心まではわかりませんけどね汗。授業を受けていくうちに、また卒業して地域に帰って、手話通訳から身を引きたいという気持ちになる方もいらっしゃるようです。   
答えにくいところは見事にぼかしている。卑怯だとしか言いようがない。   
毒じゃないですよ、手話通訳当事者として言いたいことを書きました。   
マスコミはうまく使わないとね。ホンマに。   
自分たちの意見を通すためには誤解されようがいいんだろうな。   
依頼がなかったのは関係と信頼が無かったからだ。   
なぜ卒業生が出ていないのか、他人のせいにせずよーく考えなければいけないと思う。   
それもありますが、知り合いに頼めば何とかなる、では通訳そのものの重要性と責任に気が付かないと思うんです。所詮ボランティアでいいのか、と。   
また特別扱いだよ。   
二言目にはわからない人がいることを真摯に受けとめよ、っていうけど、わからない手話を教えたのは誰?理解者だけに技術を教えるの?自分たちが改善しようという気はないの?わからなくていいと思って手話通訳している人なんてごく少数。   
官邸の手話通訳に自分たちが望む手話通訳が付かなかったことは、自分たちの責任でもある、ってことに全く気づいてないんだよな。全て他人のせい。今までの交渉や繋がりを大事にしてないと、そんな緊急時にいきなり依頼なんて来るわけ無い。   
派遣しているところに卒業生や日本手話通訳者がごく少数ってのも相手のせいにしてばっかり。どうしてそうなったか、考えるべき。確かに運動団体の独特さはあるけど、内部から改善することだってできる。   
ネット上などの取り組みは賞賛されるべきだが、まずは公的保障をしてからではなかろうか。ネットがわからない人は結局見られない。記者会見やニュースに手話通訳がついて、それをちゃんと映してくれれば大分進歩する。目で聴くテレビだってNHKニュースにリアルタイムで手話通訳と字幕を付けていた。   
目で聴くテレビも一つの例にしか過ぎませんよね。当時はUstreamでも無料で放送していました。まずは本体に付けて、それを映す、のが大事ですよね。   
仮に自分が「日本手話通訳ができる」としたところで、「日本語が混じっている」とか「文化を理解していない」(本来は関係ないはず)とかであの人たちは認めないんだよな、きっと。判断基準なんてそんなレベル。できてるかどうか…というより対象者に自分の手話通訳がきちんと伝わっていることが大事。   
記事で紹介している「聞いていませんか?」→聞く、ない、です、か?なんてバリバリの対応手話をする人はそんなにいない。誰の手話見て言ってるんだろ。だけど、そういう人(難聴者や中途失聴者など)の手話も尊重されなければいけないことは忘れないでほしい。字幕だしときゃいいとか軽く見過ぎ。   
運動団体側も相手にしなかったりあいまいなけとばっかり言っているようじゃだめ。通訳者団体もそう。   
何かあった時に目立つ動きをする人たちは、たいてい普段の地道な動きをしていない。いいとこどり。   
表現を訂正すると「理解」というより「賞賛」…いや、言い過ぎ、「賛同」がいいでしょうか…。つまり「ろう文化すばらしい」じゃないとダメ、と言いたかったのです。   
今更言い訳を始めた。官邸の件では何もしていないのに偉そう。   
何が「大変喜ばしいこと」だ。何様だよ。   
「大変」は余計だった(笑)   
もう独自で「"日本手話"検定試験」とか「"日本手話"通訳士試験」とか作って認定して、コーダ優遇して、取り巻き増やしていつでも"日本手話"で通訳してくれる自分達のお付きの通訳育ててたらいいんじゃない?民間レベルで。自分は絶対に受けないけど。   
幅広い手話に対応できるのが本来の手話通訳だし、それができるように育てるのが養成の仕事。今のカリキュラムでは厳しい面もあるかもしれないが、少しずつ変わっても来ている。それを省みない発言を繰り返して誤解を生むようなことをしては全体にとっての不利益にしかならない。   
官邸記者会見に国があっさり手話通訳をつけて、それがわかりにくいしテレビに映されないからいらない、って誤解されてもいい訳か?   
本当に無責任すぎる。   
交渉してきた側も、もっと違う方法でアピールするとか上手くやらないとはいけないと思う。   
それならそれで固まって仲良くしていればいいと思います。ろう者の代弁者ぶるのは止めてほしいです。   
地域にいるろう者は自分の手話が何手話なんて意識もしていない。状況に応じて表し方も変えるし(苦ではなく)声を出すこともある。それを悪者にするのはおかしい。ごくごく普通のこと。ただし通訳を目指すならそれに甘えているだけではいけない。   
官邸記者会見を担当している手話通訳者に感謝の念も感じられないんだよな。(自分が)わかりにくいからイラネ、って言われているみたい。どんだけ大変な状況で通訳しているか、考えたこともないんだろうな。技術が伴わななくて通訳者としてはダメかもしれないが、最低限の礼儀は尽くさないと。   
批判の意見に対し、わかったようなふりをして訳の分からん格言ぶったり、小難しい言葉を並べている輩に腹が立つ。何でそんなに上から目線なん?ストレートに反論すればいいのに。「同じ(低い)レベルには立たない」ってか?そんなんじゃ人の心は掴めないよ。   
はい。いますよ。表では「否定しない」と言っていますが、日本手話以外は「手話じゃない」とお考えのようです。   
聞こえる教員の方々への批判というか、見る目は厳しすぎるものがあります。   
面と向かってならまだいいほうです。見えないところで批判されています。現場の方の苦労を全くわかっておらず理想論ばかりです。   
別に片方の必要性を必死に出したい訳じゃないんだよな。現状と実感していることから明らかに誤解を生む、見下しているかのような態度が許せない。別にどちらかが優れているなんてバカげたことは言うつもりはない。   
考えてみたら、官邸の手話通訳を派遣しているところにも、手話通訳者本人にも何の取材もないように見える。していて載せないわけはないだろうし…。当事者すっ飛ばしてるやん。

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コメント

>かあちゃんさん
ありがとうございます。1~8もこんな感じです。口の悪さに自分でもビックリしていますが、こういうタイプのヤツがいて、それを見て何かを思っていただけたら、と想います。

>ユタ坊さん
コメントありがとうございます。やっていることへの自信は必要ですが、過信はダメですね。通訳も「この手話だけ」ではなく、できるだけ幅広く対応できるようにしていかなければいけないと思っています。言うは易し行うは難しですが…。理想論だけでは無く、現実を考えた行動・言動が大事だと思っています。

ブログ内容見ました。ろう者目線通訳者目線が違うのはやむおえないにしろ、ようは自分が行ってる事が正しいと思いこんでしまうのは怖い事です。もっとお互いが研究やデータを集めてだからこうであるという立証がないことには理想論で終わりで説得力にかけます。いろんなろう者がいる以上いろんな手話がそこで産まれるのはあたりまえではないでしょうか?そこで通訳としてどの手話でも対応できるような手話通訳養成教育機関やサポート機関が国としてしっかり位置づけさせる必要がこれから出てくるのではないかと思っています。

なぜか、この9から読んでます。(これから1から順にあるなら読んでみます)

なんか、全然ちがうのに「グダグダ言うなら・・」の下りに頭を叩かれた。
CSに対して、グダグダ言ってたから・・・(笑)

その他も、これから読みます。

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