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2010年1月31日 (日)

通訳としてのあり方

ウメがする手話通訳は、どちらかと言えば言語的な情報保障をメインにするものが多いです。手話通訳と言えばそれこそ情報保障そのものなのですが、たとえばCS目で聴くテレビのリアルタイム通訳だったり、講演会や会議の通訳だったり、聞こえてくる情報を対象のろう者にわかるように手話に変換する、またはろう者の発言を聞こえる人にわかるように音声に変換するという作業。

一方、ろう者が教育や様々な環境が要因で情報が得られず、聞こえる人ならほとんどの人が知っているようなことを知らなかったりする場合、ただの言語的保障ではなく、その意味などを説明する必要が出てきますよね。それとは逆に、ろう者のことを知らない聞こえる人に対して理解を求めることも必要な場合があります。

ほかにも様々な通訳の場面があるかと思いますが、ひとくくりにこうすれば良い、という場面なんてありませんよね。1つ1つのケースで求められる対応も違っていますし、通訳としてのあり方も違ってきます。よく「手の通訳」ではだめだ、と言われます。手話の技術はあっても、ろう者に対する理解がなかったり、「言語情報」をそのまま音声←→手話に変えるだけでは、本当の手話通訳ではありませんよね。

だからといって、不必要に「ろう者の味方」になるべきものでもありません。お互いから求められるもの・行動はなにか、それを察知して対応するのが手話通訳者だなぁとよく思うのですが、それができるなんてことはまぁそんなにありませんよね。通訳者の悩みだったりもします。

よく、通訳終了後に反省をすることはありますよね。それはそれですごく大事なことだと思いますし、それがないと成長はしないと思っていますが、ウメの場合はそれと同時に自分ができたこと、うまくいったことは何かを考えたりもします。自分のためのモチベーションアップの方法とでもいえるでしょうか。通訳がうまかった下手だったは、見ていた人に判断してもらえば良いのですが、あくまで自分の中での出来はどうだったのか、反省するだけではなく、大げさに言えば自画自賛をすることも実は大事なんじゃないかな、と考えているのです。

まぁ、謙虚さが足りないだけかもしれないんですけど、少なくとも多少は手話通訳としての自信を持っていないと、見ている方も頼れなくなってしまいますからね。「自分が情報保障をするんだ」という自信と、それなりの技術と、でも自己満足にならない謙虚さと…いろんなことを考えながら通訳に望んでいます。

なんだか長くなってきましたのでこの辺で。

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