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2006年7月 2日 (日)

弟が小学生だった頃

ろう教育について考える機会がありました。話を聞くと、弟はどうだったのかな、と思い出します。

うちの弟は中学1年を境にして受けた教育ががらっと変わっています。ウメが元々住んでいた地域は、「障害者も地域の学校に行きましょう!」という指導が強く、弟もろう学校ではなく、ウメと同じ小学校に通いました。

ろう児が通常の学校に通うことをインテグレーションというのですが、その場合でも難聴学級などに属する場合も多いようです。弟の場合はそういったことはなく、普通に何年何組に属していました。クラスでは机を一番前にして、音楽や国語の時だけ別の教室に行って特別に授業を受けるという日々でした。

母と担任の先生、その別の教室で受ける教科の先生とは毎日ノートをやりとりしていました。学校であったことを事細かに書いてあったのを覚えています。当たり前ですがウメにはそんなノートはありません。弟にしてみればウザかったかも知れませんが、ウメとしてはちょっとうらやましかったと思います。

弟は幸いに先生にもクラスメートにも恵まれて、(少なくともウメが見ている範囲では)いじめられるという経験がありませんでした。友達も多く、活発なお子様でした。

インテグレーションをすると自分と同じ聞こえない子どもに会う機会がどうしても少なくなるので、母は「親の会」に参加して、週末や夏休み、冬休みなどの合宿に積極的に参加し、聞こえない子ども同士のふれあいも大事にしていました。

当時は手話というものに触れることがなかったので、当然一家全員手話を知りません。会話と言えば全て口で話す口話。

それが変わったのが埼玉への引っ越しですね。普通の学校に通うことができないということで、ろう学校に通うことになった弟。もし、あのまま手話を知らずに、ずっと普通の学校に通っていたら、また別の人生だったかもしれません。そしてウメ自身も、今の職場には勤めていなかったでしょう。

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