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2006年4月23日 (日)

手話について改めて考える2

入学した学校は、国立身体障害者リハビリテーションセンターの手話通訳学科という場所。そこは日本手話を教えていて、それに対してよく思っていない人もいる・・・そんなところだ・・・というのもわかっていた。それに国立なので学費が安いこと、実家から通える距離にあったことも大きい。

2年間の学校生活。これだけの密度で手話を勉強できるところはおそらく他にはないだろう。それだけ貴重な体験をしてきた。しかし、そこで教わったのは1つの手話。そう、「日本手話」だ。

学校では(音声を)しゃべりながら手話をすることなんかほとんどなかった。してはいけないという空気が流れていたし、必要もなかったからだ。かといって口をダンマリさせているわけでもない、きちんとした文法にそった手話を教わった。

先に音声を話ながら表現する「日本語対応手話」を覚えてしまうとろう者が使う「日本手話」ができなくなってしまう。そんな考えのもとに、入学前から手話を知っている人に対しても改めて一から「ナチュラル・アプローチ」という教授法の元、手話を全く知らない人と同等に教わった。

この2年間で確実に手話の実力は伸びただろう。それは間違いない。ろう者とスムーズに会話が出来るようになったところまでいったか・・・それはまだだろう。やはり数年間では習得できないものだからだ。

学生生活の中で教わる手話は確かにきちんとしている。しかし、「生の手話」では無いような気がした。もちろんろう者とは会話が出来るようになるのだが、今を思えば(悪くいえば)「教科書的な日本手話」だった気がする。それはウメがそう感じただけだとは思うが・・・。

同時に「日本語対応手話」をほとんど教えないこと(2年間の中で数時間)に対する疑問も浮かんでいた。これだけ日本手話を集中的に教えて、卒業後それだけでやっていけるのだろうか・・・。同期の中には「しゃべりながら手話をするなんて考えられない」という人もいた。その考えを否定するつもりは全くない。が、しかし・・・。

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